Midnight cruising

□−2nd night−
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カクテルの入ったグラスの縁を、綺麗に整え淡い珊瑚色に彩られた爪先で時折なぞるように弄ぶ。










Midnight cruising
−2nd night−











隣に座った彼女は時折興味津々という様な顔をアスランに向けてみるものの、特に話しかけてくる様子もなかった。





対するアスランは自らの失態―――彼女が気付く程に見つめてしまっていた事で、何となく気拙いとは思うものの彼女の視線を感じたまま自ら動くことはなかった。





相手の意図が掴めない。





カウンターの正面に身体を向けたまま、チラリと相手を窺うと、大きな瞳が期待をしたように瞬きしていた。





アスランは短く息を吐くと、傍らに置いてあった煙草の箱に手を伸ばす。




―――そう、あれは失態なのだ。




今更ながら思い知った。
気が付けば彼女を見つめ、その綺麗な瞳に映る相手に対して苛立ちのような嫉妬をしてしまっていた、という事実に。







昔からアスランのその整った容姿目当てで群がってくる女は後を立たない。
無論彼もそのことは重々承知していたし、自ら積極的に相手を口説くような真似をしなくても向こうから言い寄ってくるのが常だった。
たった今、眺めているだけの彼女が隣にいるということで―――しかも彼女から声を掛けてきたのだから、相手もそれなりに自分に興味はある筈なのでアプローチは可能だと判断する。
そういう意味で場数を踏んでいる為の余裕は幾らかあった。
ただ、彼女が声を掛けてくる事になったきっかけが、口惜しいのだ。本当に、最大の汚点とも呼べる。
―――多少の分の悪さは否めない。





暫くの後、オイルライターの蓋を開く際の澄んだ金属音を響かせ、アスランが指先で弄んでいた煙草に点けると大きく息を吐き出す。




「ねぇ。
それ、私にも一本頂ける?」





彼女は頬杖を付いて小首を傾げて見上げるような仕草をして、空いている逆の手の指先で煙草を指している。





アスランにとっては初めて、彼女の顔をゆっくりと見つめることの出来た瞬間だった。




―――本当に、綺麗だ…と、そう思う。





「……―――、どうぞ」





見惚れていた時間を含め、ややあってアスランは開いた煙草の箱を彼女に差し出す。




「…アリガト」




そう言った彼女は少し躊躇いがちといった様子でその中の一本を引き出すと、不思議なものを見ているかのように煙草を観察している。


……かと思えば、途端に口許に手を当ててクスクスと小さく笑い始めたのだ。








「―――?」



幾分怪訝そうにアスランが相手の顔を覗き込む。



「あぁ、ゴメン。
咎めないんだなって思って」




「君が吸いたいって言ったんじゃないのか?」




彼女が指先にある煙草をアスランに見せるような仕草をしたので、呆気に取られたような声を出してしまった。




「確かにそうだけど、いつもそう言うと、女だからとか、似合わないって言われるから。

それから、君、…じゃなくて、カガリ」




「ふぅん…」




心中で彼女の名前を復唱したものの、気の無いような生返事をするアスランは考えていた。
今、隣にいる彼女は一つ一つの仕草が自分の知っている女達とはどこか雰囲気が違って見えた。
その違いを一言で言うのであれば…上品さ。
もしかしたら彼女は、どこかの『お嬢様』ではないのかと。―――そうなると、状況はかなり変わってくる。





―――だから、まだ今は。
自ら手の内を晒してはいけない。






「……それで、試したのか?
俺にもそう言って欲しかった…って?」




見つめていた、という事実を敢えて無視し、余裕の表情―――最も女性が喜ぶ微笑みを浮かべながら問い掛けた。




「そうじゃなくて、嬉しかっただけ。
ねぇ、名前は?」




「嬉しかった?」




カガリからの名前の問い掛けには答えず、アスランはグラスを傾けるとまた更に問い掛ける。




「あ、うん。いつもこれはダメ、あれもダメって言われるから」



「へぇ…。お堅い所のお嬢様なんだ」



「嫌だな…。そういう言い方好きじゃない」



アスランの放った言葉にウンザリしたように溜息を吐くと、詰まらなそうに口を噤みアスランへと向けていた身体をカウンターの正面へ戻してしまう。
そんな風に拗ねてしまった彼女を初めて、「綺麗」ではなく、「可愛らしい」と思った。
けれど、一つだけはっきりした事は、彼女が「お嬢様」だということ。それに対しての否定が為されなかったからだ。






「こんな時間にこんな場所にいていいのか?」



本当は言葉の冒頭に「お嬢様が〜」と付くのだが、その部分には触れない。



「本当は約束だったんだけど、相手に急用が出来たから…「そうじゃなくて」



言葉を遮られカガリはきょとんとした眼差しをアスランに向けた。



「え…?」



彼の言葉の意味が理解出来ずに、呟くような疑問の声で相手を窺った。






「他の男と一緒にいて、いいのかって訊いているんだ」





「あぁ、そっち?





―――特定の相手がいたら、他の男の人と話したらいけない?」









カガリは髪を掻き上げながらそんなことかと言うように答えると、悪戯っぽく微笑む。
その様子を見て取ったアスランは安心したようにフッと軽やかな息を吐き出しながら笑うと身体をカガリに向けた。そして、翡翠色の瞳でカガリを真っ直ぐに見つめて漸く、彼女の質問に答える。







「―――アスラン」





「え?」





「俺の名前だよ。
―――宜しく、カガリ」









(07.7.14)

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