気が付いたら、見つめていた。 この感情の名を、 その意味を、 ―――知らなかった… Midnight cruising −3rd night− 初めて会話を交わしたあの日以来、カガリは頻繁にアスランの隣へ座るようになっていた。 「ほら、お嬢様。 そろそろカボチャの馬車が迎えに来る時間だぞ?」 「もうっ!! だからその言い方は嫌いだって言ってるじゃないかっ」 腕時計を見せ、からかうようにそう告げればカガリは頬を膨らせてアスランを睨む。 いい意味か、それとも悪い意味なのか―――神秘的な雰囲気は何処へやら、というような状況だ。 カガリの家は躾に厳しいらしく、対外的に礼儀正しくしなければならないのだと本人は溜息を吐く。 本来はこんな風にさっぱりとした性格なのだと語っている。 お目付け役という名の口煩い教育係の目を盗んでは、こうして家を抜け出しているのだとか。 「結果的にメッキが剥がれるなら、あんな風にしなければいいのに」 あんな風とは―――アスラン曰く、いい女ぶる事。 お嬢様にも種類のようなものがあるとアスランは考えていた。 カガリがただの『世間知らず』のお嬢様だったら躱そうと思っていた。 純情過ぎる女は煮詰まると後が大変で、身動きが取れなくなることを良く知っている。 最終的に思い通りにならないと判ると、その後は大抵「親の権力」で迫ってくるのだ。 それだけは遠慮したい。 だが、彼女は、そういったタイプではなさそうで、アスランは胸を撫で下ろしていた。 「アスランって一言多いよな。私だって、人を見て判断するんだよ」 もう。と呆れたような声を発したカガリが、グラスを空けると同じものをオーダーする。 「へぇ。じゃあ俺はカガリお嬢様のお眼鏡に適った訳だ」 カガリはその言葉に不快感を露わにしたように溜息を吐くと拗ねるようにアスランに背中を向けるように身体の向きを変えると頬杖を付いてしまった。 思っていた通りの可愛らしい反応にアスランは小さく笑みを零すと、傍らに置いてあった煙草を銜え、火を点けようとオイルライターの蓋を開く。 ───澄んだその音が響けば、カガリの肩がピクリと反応する。 「……綺麗な、音。 好きだな、それ…」 振り返らず、ポツリと呟くような声にアスランは肩を竦める。 暫くの沈黙の後、そんなカガリの前にアスランはそのオイルライターを差し出すように置いた。 「え…?」 驚いて振り返ったカガリ。その先のアスランは特に気にした風でもなく、カウンターの正面を向いたままグラスを傾けていた。 「気に入ったのなら、あげるよ」 「でも、こんな高価そうなもの…」 「構わない。それに、対価はいずれ貰うつもりだから…」 「…?」 アスランの一言が気になったが、それよりも好奇心の方が先立ったカガリは銀色に煌めくその蓋を開ける。 少し鈍く響いたその音と共に、小さく折ってある紙切れがそこから転がってきた。 何だろうと開いたそれには何やら数字が書かれていた。 「俺の携帯。そこに君のプライベートな番号から掛かってくることを期待するよ」 「…それが、対価?」 「ああ」 「掛けないかもしれないぞ?」 「その時は、その時」 じゃあ、と言ったアスランはさりげなく1万円札をテーブルに置いて席を立つと、振り返らずに店を出て行く。 何も言えずに見送る形となったカガリは、その番号が書かれたメモをただじっと見つめていた。 仕掛けたのは、自分。 けれど、 決めるのは、彼女――― (08.1.20) Back |