Midnight cruising

□−4th night−
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外に出たアスランは、自嘲という名の苦笑いをしながら髪を掻き上げていた。


コレクションしているオイルライターの中でも、彼女に渡してしたそれは特に気に入っているものだったのだ。
それを躊躇いもなく差し出した自分が可笑しくて仕方なかった。




そして更に、―――自ら携帯のナンバーを教える、ということは初めてだった。





今までは、相手に強請られて教える、ということしかしてこなかった。






―――こんなにも執着しているなんて。







Midnight cruising
−4th night−






あの日から、アスランはカガリと逢ったBarへは足を運んでいなかった。



一種の賭けに出たのである。
ほぼ毎日訪れていた自分を少しは気にしてくれないのだろうか、と。



けれど、1週間経っても彼女から連絡が来ることは―――無かった。




「振られた、かな…」



溜息混じりにそう呟いたアスランは久しぶりにその店へと足を運ぶ。




扉を開いたその先に、―――いつもの指定席に、彼女が、いた。



扉が開いた事に気が付いた彼女もこちらに視線を送ってくる。
視線が触れ合った一瞬の後、アスランは彼女の隣ではなく、少し離れた場所で空いている席に腰を掛けたのだった。


そんな彼女が慌てたようにアスランの隣へとやって来た。


「ごめん、な。
メモ、失くしてしまって…。ずっと、待っていたんだ。…怒ってる、よな?」

「電話が来ないくらいで怒ったりなんてしないよ。すまない、色々と忙しくて…」


適当な言い訳を並べてみたものの、では何故離れた席に腰を下ろしたのかと問われれば返答に困ることになっていたのだが、彼女はそれ以上問うことをしなかった。


―――そう。
怒っているのではない。
ただ、何と声を掛けたらいいのか迷っただけ。




そして、また。
アスランが話す話に耳を傾けて、声を上げて笑い、カガリ自身が知らない雑学には感嘆の溜息を零す。
そんな以前と変わりのない、他愛も無い会話をする。






「…っと、いけない。もう帰らないと」


カガリが腕時計を見て慌てたような声を上げたので、アスランは自らの腕時計で時刻を確認すると、いつもよりも随分早い時間を差していた。


「今日は早いんだな」

「…うん。最近、厳しくて」

「それは今までもそうだったんだろ?」

「…ちょっと、な」

「どうしたんだ?」

「…マズイものが、見つかっちゃって。それから父の目も厳しくなって…」

「拙いって…」


言い難そうに視線を逸らして告げたその一言で、怪訝そうにカガリを窺っていたアスランは察し、言い掛けたその言葉を呑み込んだ。




―――自分の渡したあのメモが、原因なのだ。



「今までは、お父様に紹介された人に会っていることにしていたんだけど…。この間私がいない時にその人が自宅に連絡をしてきて…」

「そいつと会っているという嘘がバレた…って訳か」

「…うん。メモも見つかっちゃって、取り上げられて…」



携帯すら持たせてもらえなくなったと肩を竦ませる彼女が席を立つと、アスランは慌てて彼女を見上げて声を掛けた。


「済まない。その…悪かった」


自分を取り巻く環境では携帯の番号を教え合うことは些細な行為だった。けれど、彼女の世界では違ったのだ。アスランはそこまで深く考えてはいなかったし、彼女自身にそんな不利益をもたらすとは考えていなかった。
連絡を取りたい友人だっているだろう。
いや、それ以前にこの場所で会っていたあの恋人にだって―――



「アスランが謝る必要はない。携帯自体はなくなっても構わなかったんだ。
―――うるさい奴からの連絡を取らなくて済むだろ?」


初めて会話を交わしたときのような不敵な笑みに、カガリが何を言わんとしているのかが理解できたような気がして今度はアスランが肩を竦めた。




「…そうやってとびきりイイ女を演じて、たくさんの男を手玉に取っているカガリお嬢様には参りました」


アスランは感嘆の息を吐き、いつものようにからかいの色を含んだ口調で告げると、カガリは可笑しそうに声を殺して笑う。



「気を付けて帰れよ?」

「ああ。ありがとう」


そうやって別れの挨拶を済ませたのにも関わらず、カガリが一向に動かないことに、アスランは首を傾げた。




「私は…何もしていないよ。


相手が私自身を見ていないんだから―――」




呟くように小さくそう告げた彼女は踵を返し、店を後にした。



残されたアスランはカガリが最後に告げた一言の瞬間に垣間見た表情が焼き付いて離れなかった。




微笑んでいるのに、何故か儚げに見えた彼女。
その瞳には、どこか淋しげな色を湛えていたような気がするのだ。
今まではどんな女にそんな表情をされても気に留めてこなかった自分が、彼女に対してはそうではないということに改めて驚くのと同時に、その執着に似た感情が何なのかを、もう気が付かない振りは出来ないのだと自覚させられる。






その言葉の真意を、もっと早く気が付くべきだった―――










(08.2.2)

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