Midnight cruising

□−5th night−
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執着している、という自覚はある。





思い返せばきっと、初めて彼女を瞳に映した瞬間から、その執着は始まっていたのかもしれない。







Midnight cruising
−5th night−








次に、カガリと再会したのは、1ヶ月後だった―――






「もう来ないかと思った」

「監視が厳しくてさ…」


グラスを傾けながら声を掛けたアスランに、やっと出てこられたんだ、と告げるカガリの顔色にはそれを証明するかのように疲れの色が出ていた。





「まだ携帯は取り上げられたままなのか?」

「そう。<お前には必要ない>、だとさ」


父親の物言いを真似したように厳しい表情をしながら言い切ると呆れたように肩を竦めるカガリのその様子に、アスランはフッと吹き出す。


「じゃあ、カガリお嬢様に振られたと思っている男がたくさんいるな」


いつものようにからかいを含んだ物言いのアスランが告げた瞬間に、カガリの瞳の色が暗くなる。


「…周りは父とのパイプラインに私を手に入れたいから必死なだけさ。でも、当たり障りなく付き合っていた方が父の印象も対外的にも楽でいい」


アスランに向けていた顔をカウンター正面に移し、ポツリと呟くようなその声はカガリの口から今まで聞いたことのない程冷たく響く。それはまるで感情を殺したような抑揚のないもので。


「あっ、いや、ごめん。変なこと言ってしまって…」


思わず出てしまった言葉にようやく気が付いたように慌てて謝罪するカガリを他所に、アスランは銜えて火を点けようとした煙草を指先に戻して弄んでいた。
話の流れで、カガリの実家がかなりの有名財閥、又はそれに並ぶ権威者なのだろうという一つの推測が浮かび上がる。大学では経営・経済学を学んでいたし、社会に出て更に社会情勢には詳しくなっていたので、自分が知り得る様々な名前を頭の中で巡らす。


「カガリのフルネームって…」


アスランが興味本位で言い掛けて開いたその唇を、カガリの人差し指がその先に続く声を押さえるように塞いだ。


「内緒。―――名前を告げた途端に態度を変える人が多いから…」


少しだけ俯いたカガリの瞳が少しだけ悲しそうな色をしていた。


自嘲するように呟くカガリに、アスランは髪を一度掻き上げると深い溜息を吐いた。
アスランがカガリを取り巻く環境を知ろうとする程、彼女は苦しそうな表情になる。


「俺が、そんな風に見えるのか?」

「そうじゃ、ないけど…」


カガリ自身は過去にそれで散々嫌な思いをしてきた。けれど、何と言ったら理解して貰えるか言葉を選んで考えあぐねていたカガリは思い出したように、バックの中から何かを取り出す。





「ごめん。これも、返すよ」



そう言って差し出された手の中には、アスランがカガリに渡したあのオイルライターがあった。


「それは、君にあげたものだろう?」

「でも、もう…」


それを返す、という意味がどういうことなのか、アスランには一瞬で理解できた。
熱の籠もっていたはずの瞳の色は一気に冷め、訝しげに目を細めてカガリを見つめる。



「ああ。―――カガリお嬢様は、手を切ると決めた相手からのプレゼントは突き返すんだな」



火が点いていない煙草を、まるで火を消すようにぐしゃりと灰皿に押し付けるとアスランはそう告げる。
その淡々とした口調は今までとは全く違う。アスランは完全なる嫌味として口を開いたのだ。
そんなアスランの顔を見ることも出来なくなったカガリは俯いて弱く首を左右に振った。




「これを…いつかまた、あのメモみたいに取り上げられたくなかった、から…」




カガリ自身は申し訳ない気持ちが一杯で、アスランの憤慨も理解出来た。けれど、彼が言い放った先程の言葉は流石に傷ついたようで声が小さく震えていた。





「本当にごめん。―――婚約、正式に決まったんだ。
だから最後に、アスランに返さなくちゃって…。外出も禁止されていたけど、無理矢理頼んでやっと出て来れたんだ。もちろん監視付きだし、今は外で待たせているけど…。もう、行かなくちゃ…」




じゃあ…と、カウンターの上にオイルライターを静かに置くと、顔を上げることもしないで振り切るように目の前を通り過ぎようとするカガリの腕を強く引き寄せた。



「ッ!!」



驚いて振り向いたカガリの瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいて。




「―――それは、俺と会えなくなるのが辛いって、自惚れていいよな?」




「違ッ…」




「これでさよならだって?―――冗談じゃないッ」




掴まれた腕を振り解いて逃げようとするカガリに、アスランは更に力を込めてその腕を引き寄せた。





「まだ、何も始まってさえいないのに―――ッ」






苛立ちにも似た苦々しい表情と、辛そうに熱を吐き出すような声のアスランに、カガリは動けなかった。













初めて手に入れたいと切に願った相手は、





最初から、自分とは全く違う世界に生きていた。





きっと、これから先の未来においても、





その道が、交わることは、―――ない。








そうやって頭の片隅では冷静に分析しながらも、掴んだ腕から伝わる彼女のその熱を離すことは出来なかった…。










(08.2.10)


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