―――それは、甘い誘惑。 香り、白い肌、細い腰…。何もかもが、ただ甘い。 彼女のその総てを、自分のものにしてしまいたい。 それが例え、今夜限りしか手に入れられないとしても――― Midnight cruising −7th night− 背後から抱き締めたまま、首筋に押し付けた唇をそのまま上に這わせ、巡り着いた耳許で囁く。 「最後の夜の相手に、俺じゃ、―――役不足?」 吐息混じりなアスランのその声にカガリの身体は更に震えた。 「そんなのッ…、わ、私はこれでも…」 「判るよ。身持ちが堅いって」 ―――そう、判る。 この状況で、こんな風に震える相手が経験豊富なはずがないのだ。 普段は余裕そうに取り繕っていても、肝心な所でそれは何の意味も持たなくなる。 そんな風に小さく怯えたように震えて上擦った声のカガリを、更に抱き竦めるように腕の力を強くする。 「…だから、聞いているんだ。 君の意思で、俺を選んでくれるのか、と」 「え、選ぶも…何も…」 「今、君が帰ると言うなら、送るよ」 そう告げて、アスランはカガリを抱き締めていた腕をゆっくりと離した。 カガリとの関係の中で、仕掛けるのは自分だが、最終決定権はいつだって彼女。…そのつもり、だった。 ―――けれど今は、違う。 カガリにとって最後の自由時間のように、自らにとっても彼女を手に入れる最初で最後のチャンスなのだ。それを易々と手離す気はない。 この状況は、彼女に選ばせているようで、そうではない。―――逃げられないように追い詰めている。 「じゃあ、どうしてこんなッ…」 「もう、黙って…」 今更何をと抗議する声と共に振り返ったカガリの顎に素早く手を添え、声を上げた為に開いていたその唇をアスランは自らのそれで塞ぐ。 「アス…っ、んッ…」 重ね合った唇から吐息が混じる。 彼女が好む甘いカクテルの香りが広がった。 そのまま首筋に何度も戯れるようなキスを送る。そしてカガリの着ているシャツから覗く鎖骨へと流れるように唇を這わせながら、そのボタンを外そうと手を掛ける。 「ちょっ…待っ、て…」 一つ目のボタンを外した所で、慌てて肩を押し返すようにされたアスランがカガリを見上げる。 「役不足だって思った? ―――自信、あったんだけど…?」 残念、と肩を竦ませて見せるアスランはどこか楽し気に笑う。こんな状況になって初めて、自分が優位に立っていることを自嘲していた。 「ッ…そうじゃ、なく、て…」 力なく呟いたカガリの顔を見上げれば、頬が少し赤くなっているようで、アスランは首を傾げた。 「もっと…ちゃんと…、……、……」 余程恥ずかしかったのか、カガリの消え入るような声に最後の方は聞き取れなかったが、アスランはその真意を理解し、屈むような姿勢で胸元に埋めていた顔を上げてしっかりと立ち上がり、自らの腕で彼女を優しく抱き締める。 「よかった。…やっぱり帰ると言われたらどうしようと思ったんだ」 「…そう言えば、よかった…」 余裕の笑みで答えるアスランに、拗ねたような口調に変わったカガリはフイと顔を横に背けてしまう。 「え?」 思わず聞き返したアスランに、カガリは一瞬だけ口許を尖らせた。 「…嘘だ。…この、バカ…」 自分だけが腕を回して抱き締めていたはずが、小さく呟いたカガリにそっと背中へと手を回されて少し躊躇いがちにシャツを掴んでくる仕草に瞳を瞠った。 今まで見たこともないカガリの縋るようなその仕草が可愛らしくて、思わず笑みが零れてしまう。 ―――そう告げてしまえばきっと、彼女は嫌がるのだろうけれど…。 そんなカガリの総てに触れて、その反応を知るのは、自分が初めてなのだ。 そんな優越感に浸りかけて、ふと過ぎる。 ―――いつか、カガリの婚約者も、彼女のこんな一面を垣間見るのだろうか…? 奪うような真似をしたのはアスランの方で、本来ならば彼女を独占する資格などないはずの自分が、名前すら知らない相手に嫉妬しているという事実を、ただ滑稽だと、そう思った―――。 (08.2.24) Back |