身に沁み付いた習慣や環境を、覆すことは簡単じゃない。 自分に拘りがあるように、相手にもまた、同じように拘りがあるのだ。 それを判っていて、逃げ道を塞ごうとしてきた言動や行為は、罪なのだろうか? 後悔させない自信がある、というのは、ただの傲慢さなのだろうか―――? Midnight cruising −8th night− 「シャワーお先にどうぞ?」 「え…あ、うん…」 抱き締めていた腕を名残惜しそうにゆっくりと離してそう告げたアスランに、カガリは少し戸惑いつつ頷きそのまま小さく俯いてしまった。 「…やっぱり、俺が先に使わせて貰うよ」 暫くの沈黙の後、静かに口を開いたアスランの問い掛けに、カガリは漸く見上げるように顔を向けた。 決心したつもりでも、何かが過り迷っているのかもしれない。 習慣や考えなんて、そう簡単に割り切れるものではないのだ。 最後だからこそ、逃げられないようにと多少早急にここまで追い詰めてきた。 けれど―――、やはり彼女自身が後悔すると思うくらいなら、この先には踏み込まずに、終わりにしたほうがいい。 「出来るだけゆっくり入ってくるから、最終判断してくれ」 その言葉の意味が判らないと、戸惑ったような視線と共にカガリが首を傾げる。 「今夜、この部屋に留まるか、それとも…。このまま、籠の中に戻るか…」 小さく呟いた言葉に、カガリが身震いのように身体を強張らせる。 籠の中―――なんて、悪い言い方かもしれないが、比喩的にはきっと当たっている。 「ドアはオートロックになっているから、気にせずに出て行ってくれて構わない」 静かにそう告げたアスランが近付き、一瞬だけお互いの唇が触れる。それは、掠め取るようなキスだった。 「じゃあ…」 ―――さよなら。 それとも、 ―――後で。 どちらとも取れるような、優しく囁くような声の響きと共に、アスランはそのままバスルームへと消えていった。 本当は、今すぐに帰らなければいけないということを理解している。 ―――けれど…。と、カガリは先程掠め取られた唇を指先で触れて瞳を閉じた。 もう少し、彼と一緒にいたい。 この先、もう二度と逢えないのなら、あと少しだけ…―――。 カチャ…。 小さく響くドアの開く音にカガリが顔を上げる。 バスローブを身に纏ったアスランが瞳に映ると思わず息を呑んでしまい慌てて視線を他へと移す。 一方、所在無さ気に立ち尽くしたままではあったが、彼女がこの場に留まっていた事実にアスランはフッと表情を綻ばせ、伸ばした腕の中にカガリを閉じ込める。 「じゃあ、交代。 ゆっくりでいいから、ちゃんと身体を温めておいで?」 優しく囁くように耳許でそう告げられると、残っているのが判っていたような―――何事もないような口ぶりのアスランに、カガリは俯いたままで小さく頷いた。 カガリがバスルーム出た瞬間に広がったのは、暗転した視界だった。 先程までは閉じられていたはずの奥まった位置にある扉が少しだけ開いたままの状態で、そこから仄かな明かりが漏れている。 誘われるようにゆっくりと歩み寄りその扉を開くとそこはベッドルームで、大きなベッドの端にアスランが腰を掛けていた。 気配に気が付いたアスランがスッと立ち上がると、反射的に身震いしてしまったカガリはまるで怯えているようで、アスランが肩を竦めてみせる。 「そんなに緊張しなくても…」 「…ッ…」 小さく笑ったアスランが差し伸べた手に、カガリが少し躊躇いがちに自らのそれを重ねる。 ゆっくりと引き寄せるようにされ、2人がほぼ同時にベッドへと腰を下ろす。 ベッドのスプリングが小さく軋み、俯くようにしていたカガリの頬を、アスランが空いている手で包み込むように触れる。 そうして暫く頬を撫でるようにしていた手を顎に滑らせ、カガリの顔を上に向かせる。 「…ぁ」 視線が絡まると恥ずかしそうに瞳を閉じるカガリ。その唇に吸い込まれるようにアスランは口付けた。 軽く触れ合うだけのものから、徐々に吸い上げるように、そして、深いものへと変えてゆく。 夜は、まだ始まったばかり。 けれど、タイムリミットは刻々と近付いていた――― (08.5.8) Back |