ギアス文

□囚われの黒皇子
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 神聖ブリタニア帝国首都・ネオウェルズには爆音と銃声と、人々の怒声と悲鳴が響いていた。
 それは此処皇宮内部でも変わらない。だが、不思議とアリエスの離宮のあるこの一角では、それらの音は僅かに遠い。
 その、今は荒れてしまっているが元は美しかったのであろう庭園で、二人の少年が向かい合っていた。
 一人は艶やかな黒髪に紫水晶の瞳を持つ、美しく整った顔立ちの少年。そしてもう一人は癖のある栗色の髪に翡翠の瞳の、どこか幼さを感じさせる顔立ちの少年。
 庭園の隅に追い詰められた黒髪の少年に、栗色の髪の少年は剣を突きつけている。
 刹那、少年の紫水晶の瞳に憎しみに似た何かが過ぎったが、目を伏せ、そしてもう一度目を上げた時には、その瞳は既に表情を無くしていた。
 無感動に淡々と呟く。
「……お前が俺の“死”か」
 問うのでもなく、諦めているのでもなく、ただ事実を事実と述べる様な、感情の籠らない声音で。
 少年の翡翠の瞳が僅かに眇められる。
「抵抗しなければ殺さない。…少なくとも、今は、まだ」
「…そして捕虜にでもなって俺に生き恥を晒せと? 冗談じゃない。第一今殺さなくても、どうせ俺を、いや、俺たち皇族は全て殺すのだろう? なら今殺せばいい」
 その方がずっと効率がいいと、嘲りを含んだ声で嗤う。けれどやはりその紫水晶の瞳に感情は無い。
「自分は可能な限り皇族は捕縛せよとの命令を受けた。だから、殺さない。――全力で君を捕縛する!」
「―――っ!?」
 突きつけられていた剣がすい、と引かれた。次の瞬間腹部と、続いて首筋に激痛が走り、黒髪の少年は意識を失った。
 彼が意識を失う直前に見たのは、長い茎のあちこちで小花を咲かせる可憐なオンシジウムの花。愛しい妹を思わせる華を見て、知らず、僅かに微笑みを刻んで。
(あぁナナリー、どうかお前だけは無事で―――)



 時は皇暦983年。
 全世界の凡そ1/3を占める神聖ブリタニア帝国は、武力による他国の侵略により、その勢力を拡大していた。だが、侵略戦争の中心であった皇帝が暗殺され、その事により激化した皇位争い、そしてそれに伴う内政不安によって事態は一変する。
 各植民地エリアでは一斉に内乱が勃発。そして周辺諸国の侵攻。それによりただでさえ揺らいでいたブリタニア政府は容易く瓦解した。それでも一部の皇族達は自ら軍を率いて内乱の鎮圧、及び防衛戦に臨み、或は内政の建て直しに奔走した。だがそれは崩壊の速度を僅かに緩めるだけに止まり、首都防衛戦開始から3日後、首都ネオウェルズは陥落し、約千年近く続いた神聖ブリタニア帝国は崩壊し、その歴史の幕を閉じた。


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