短編小説

□草原を泳ぐ魚
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銀色の魚が、草原を泳ぐ。
子供の背丈程もある草をシャラシャラと鳴らして、ゆったりと。
日のひかりを浴びて、鱗がキラキラと七色に輝いていた。

彼に必要なのは、水と空気と太陽のひかり。







草原を泳ぐ






もうずっと昔、この星が地球と呼ばれていた頃。
銀色の魚は、人間によってつくられた。
博士と呼ばれていたその人は、優しく笑う人だった。
人間と、世界の全てを愛している人だった。



けれど、人間はもういない。
それ以外の生き物たちも。



大きな戦争があって、みんないなくなってしまった。

キラキラと光る鱗も、優雅に揺れる尾ひれも、もう誰も誉めてはくれない。
彼の兄弟達も、とうにみんな動かなくなってしまった。



彼らには仕事があった。
この星の空気をキレイにすること。水をキレイにすること。


戦争が起こる前から、この星は大分汚れていて、そのために彼らはつくられた。
昔々に存在したという、"魚"という生き物に似せて。
そうして戦争の前も、間も、後も、たくさんの毒を体に取り込み続けた彼らは、動かなくなってしまった。
はじめから、そういう風につくられていた。
毒が外に漏れないように、深く深く、眠るように。


今ではもう、動いているのはただ彼だけ。










銀色の魚が、草原を泳ぐ。

(彼の仕事は、ずいぶん前に終わりました)


彼に必要なのは、水と空気と太陽のひかり。

(彼ももうすぐ、動かなくなります)


前よりも少しだけ賑やかになった世界で、今はただ、のんびりと泳いで行く。

(たくさんのものを見て来ました。優しいものも、悲しいものも)



一匹だけになってしまった魚。

(それでも、もうさみしくはありません)








彼と博士が愛した世界は、いま、彼を優しく包んでいる。

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