短編小説

□蒼い夜 銀の月
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むかし誰かが言っていた。
『うさぎはね、さみしいと死んじゃうんだって』

…じゃあ、人間はどうなんだろうか。











「おい、なにしてるんだこんな時間に」
公園の隅で蹲っていた少年にそう声をかけた。見たところ年齢は精々十五、六といったところか。
時刻は深夜二時過ぎ。間違っても中高生が出歩いて良い時間ではない。
もしや気分でも悪いのかと考えていると、少年がゆっくりと伏せ気味だった顔上げた。
闇の中に溶ける少し固そうな真っ黒な髪と、微かに警戒を浮かべた同じく真っ黒な目。

ああ、こいつウサギみたいだ。

小学校の頃飼育小屋にいたウサギによく似ている。
何時でも小屋の隅で一匹だけ蹲っていて、少しでも近付こうとすれば全力で逃げる。警戒して、時には威嚇してくる。そのくせ、目だけが別の感情を持って此方に向けられているのだ。

さみしい、と。


「………アンタには関係ないだろ」
少年はウサギの様に逃げ出しこそしなかったが、返す声音はトゲトゲしかった。
まったくもって可愛くない。
まあ、夜中に声をかけてきた見知らぬ人間に対して警戒しない方がおかしいが。
極力ゆっくりとした足取りで少年に近付いて行き、少し離れた位置で立ち止まる。
「確に関係ない。けどそれでお前がこの後事件やら事故やらに巻き込まれたら、後味悪いだろう、私が」
「……」
「なんだ、悪いか」
不快げな視線を送ってくる少年に、ふっ、と鼻で笑ってやる。
「残念ながら私は善人じゃあないんだ」
「……みたいだな」
少年は無表情だが、心なしか呆れたようにも見えた。
「と、いうわけでさっさと帰れ。早くしないとケーサツ呼ぶぞ?」
「うっせぇ………アンタだって他人のこと言えねぇだろうが」
若い女が"こんな時間"に一人でウロウロしてんじゃねぇよ、と毒づきながらも少年は立ち上がった。少年らしい細身だが、思っていたよりも背は高かった。
「ははっ、いいんだよ私は。もう成人してるし、何があったって自己責任だからな」
と、気付けば少年はまた例の不快げな表情に戻っていた。
ふんっ、と鼻を鳴らし、くるりと此方に背を向けて歩き出す。
「…気を付けて帰れよー!」
去って行く背中にそう声をかけたが、反応はなかった。
息をひとつ吐いて、少年と逆の方向へと足を向けた。







だから、私は知らない。
少年が、公園の入口で立ち止まって、此方を振り返っていたことを。
「……………そういう問題じゃ、ねぇだろ…」
呟いた、言葉も。



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