ギアス文

□囚われの黒皇子
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「ガウェインさん! お兄様は? ルルーシュお兄様はまだ見つからないのですか!?」
 隣国との国境に程近い鬱蒼とした森の中に隠れる様に建つ一軒の小屋。そこに、少女の悲痛な声が響く。
 少女は腰を過ぎる程に長い亜麻色の髪を乱し、大きな紫色の瞳を泣きそうに歪めて、自分の目の前に立つ長身の青年に詰め寄った。その顔は心労の為か青白く、青年の服の裾を掴んだ手はカタカタと小刻みに震えている。
「ナナリー皇女殿下……」
 少女にガウェインと呼ばれた青年は、どこか苦しげな表情で少女――ナナリーを見つめる。
「ガウェインさんは…ガウェインさんはお兄様の騎士なのでしょう? お兄様を守るのでしょう? それなのに何故こんな時にお兄様の傍を離れていらっしゃるのですか!? どうして……!!」
「申し訳ございません。ナナリー皇女殿下。私の力が及ばないばかりに…」
「…いいえ。ごめんなさい。これではただの八つ当たりですね……」
 そう言って、ナナリーは悲しげに目を伏せた。
 ナナリーにも本当は分かっていた。ガウェインが今此処にいるのは、騎士を持たないナナリーを守る為に数名の護衛兵と共に兄、ルルーシュが同行させたからだと。そしてルルーシュがこの場に居ないのは、自分たちを逃がす為に囮になったからだと。
 ナナリーに、優しくて残酷な約束(うそ)を残して。

『大丈夫だ、ナナリー。上手く追っ手を撒いて、少し遅れてしまうけど、必ずお前の処に行くから。だから安心してお前は先に逃げるんだ』
『…本当に、後から私の処まで来ると、約束して下さいますか?』
『ああ。約束するよ。ナナリー』

 微笑んで、指切りをして、必ずだって、約束をして下さったのに。ネオウェルズが陥落して半月近く経った今でも、お兄様の行方は分からなくて。
(お兄様、約束を破ったら、針を千本飲まなきゃいけないんですよ? それは嫌だなって、以前おっしゃっていたじゃないですか……だから…)
 ナナリーは零れそうになる涙をぐっと堪えた。兄は今も何処かで自分を独り探しているのかもしれない。こんな風に守られている自分が、めそめそ泣いている訳にはいかない。泣いていてはいけない。
 そう思ってナナリーが気丈に顔を上げた時、誰かが小屋の戸を叩く音がした。一瞬でその場に緊張が走る。ナナリーを庇うように立ったガウェインがゆっくりと剣に手を掛け、入り口付近に立つ兵に小さく頷く。
「…誰だ」
 誰何に答える声は、離れている為かナナリーにはよく聞こえなかった。だがさらに二言三言交わしたあと、扉の外の人間と会話をしていた彼―確かキューエルという名だったか―は此方を向き、頷いた。僅かに扉を開けて外の様子を確認した後、辛うじて人一人通れる程度に扉を開ける。
 その隙間から、するりと人影が入り込んで来た。目深に被っていたフードを下ろす。
「エーリクか。どうした。顔色が…」
「ガウェイン卿、実は……」
 エーリクは、ナナリーからは少し離れた位置でガウェインと小声で何か話し込んでいる。話が進むにつれてだんだんとガウェインの顔色は蒼白になって行き、その様子にナナリーは顔を強張らせた。
「ナナリー皇女殿下…」
 蒼白な顔で、ガウェインはゆっくりとナナリーを振り返った。ナナリーの前に膝を着き、目線をあわせる。
「ご報告申し上げます。ナナリー皇女殿下。…どうか気を確かにして、お聞き下さい。ルルーシュ殿下は反乱軍の手に堕ち、現在城の中で焼け残った、北の塔に幽閉されているとの事です」
 それを聞いた瞬間、ナナリーの体がぐらりと揺れた。体から力が抜けその場にくずおれる。
「ナナリー皇女殿下!」
 くずおれるナナリーをガウェインは咄嗟に抱きとめる。その細く小さな体は微かに震え、整った顔からは完全に血の気が引き、蒼白を通り越して雪のように白い。
「ナナリー皇女殿下! お気を確かに!」
「……大丈夫です。心配をおかけしてすみません」
 ゆっくりと上げられた顔に涙はなく、決然とした色が浮かんでいた。
「お兄様を、迎えに行きます。皆さん、手伝って、頂けますか…?」
 震える体で、真白な顔で、けれどその兄と同じ紫水晶の瞳だけが、思わず息を呑む程に、強い意志の光を湛えて。
 問われて、その場にいたもの達は一様にナナリーの前に片膝をつく。もとより否やがあろう筈も無い。
「『イエス・ユアハイネス』」
「…ありがとうございます」
「お礼を言って頂くのは早すぎます。頂けるのでしたら、ルルーシュ殿下を無事取り戻したその時に」
 ナナリーは一瞬きょとんとして、礼を言った時に僅かに緩んでしまった表情を引き締めた。
 そう、ガウェインの言うとおり、お礼を言うのはまだ早い。全てはお兄様を取り戻してから。
ナナリーは窓の外を見上げ、小さく呟いた。
「待っていて下さい、お兄様…」
 いま、ナナリーが行きます。



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