企画

□from:匿名希望
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練習ばかりの彼の姿を恨めしく思えてきたのはいつからだろう。


彼の練習している姿を見たってもうドキドキしないし、彼を見にきている大勢のファンたちの冷たい視線を浴びるのはもうまっぴらだった。



「もう別れよ」



自分で思ってた以上に悲しいくて辛い言葉を、淡々と彼に言う。
本当はこんなこと言いたくなかったのに、ついぽろりと吐露してしまった。


そこはいつもの帰り道で、日が短くなってきた最近は真っ暗な道。
ぼんやりとした街頭がぽつぽつはあるものの、彼の顔はよく見えなかった。



「また、突然な話だね」


もっと驚くと思ってたのに、いつもと変わらない彼の口調がなんだか悔しい。



「突然じゃないよ。ずっと思ってたことなの」



悔しかったから、こっちもいつもの口調で言ってやった。

そのせいか、深刻な話をしているはずの私たちの間に流れる空気はいつもと変わらない。



「俺は…」
「あ。」

「え?」


「もうアタシん家ついちゃった」


「そうだね」


「ばいばい」


何か言いたそうな彼の言葉をわざと遮って、口早に別れの言葉を言って駆け足で玄関へ向かった。


パタンと虚しいドアの閉まる音だけが私の耳に届いて、ああ、終わったのかななんて一人で納得して。

今日で一緒に帰るのは最後。
彼の隣りで歩くのも最後。

泣かないと思ってたのに、頬には間違なく涙が伝っていた。


未練なんかないはずだったのに…
何故だろう。



ああ。
私たちは、例えて言うなら倦怠期の夫婦。
別れてから初めて気付くんだ。
いつも隣りにいて当たり前だったから、私はそれに慣れてしまって…
なんて贅沢なんだろう。
不満なんてなかった。
ただそれが逆につまらなく感じるようになってしまった。


何もかもこれで最後。


ドアにもたれながら、そのまましゃがみ込む。

ふと見慣れた玄関タイルを見ると見慣れない紙がそこにはあった。
ドアの隙間から差し込まれていたその紙…ノートの切れ端だろうか。



“明日、体育館裏で待ってます。”



それは間違えなく彼の字で、内容はあたしが初めて彼を呼び出した時に書いた文の内容と全く同じだった。



「覚えてたんだ…」



短い内容のその文。
その短い文を繰り返し呟く。そうすると、不思議と昔の気持ちが蘇ってきた。

あの時は、告白することで頭の中がいっぱいで肝心の自分の名前を書くのを忘れてしまったんだ。
だから彼にも笑われた。


『本当はこうゆうのには来ないようにしてるんだけど、名前なくて逆に気になってさ』


『ごめんなさい…っ』


『なんで謝るの?良いじゃん匿名の手紙。なんかわくわくしたし、で、名前は?』







「やっぱり名前書いてない…」



その手紙にも、やっぱり名前は書いてなかった。




from:

(俺、神宗一郎って言うだけど)
(はい)
(付き合ってくれない?)
(ぷっなんかヤバい…なんかウケる…)
(どっちもどっちだろ)





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