※名前は「修」で統一させていただきます。




【蘭丸と金平糖】


「あ、金平糖じゃないか。俺にも一個ちょーだい」
「あっ!!」
「えっ?」
「バカバカバカァッ!! 勝手に食べちゃうやつがあるかよッ!!」
「え、え、え、ご、ごめ……」
「修なんて嫌いだ!! もう知らないかんなッ!!」
「ご、ごめん蘭丸!! ごめん!!」
「知らない!! あっちいけよ!!」


と、まぁ、このように


「貴方にしては、本当に愚かな事をしましたね」
「それは貴方が悪いと思うわ。酷だけれど」
「うっ……ううう……」


蘭丸の金平糖を1つ、勝手に摘んだことから、ちょっとした事件が勃発した。それは、子供特有の癇癪でもあったが、非は完全にこちらにあったし、それに気づいた時には金平糖はもう口の中。取り返しのつかない自体になっていた。


「修君は知らなかったでしょうね。あれはね、蘭丸君が戦で1000人敵を討つ度に、上総介様から直々に賜る、蘭丸君の大好物なの」
「あの小さな砂糖のかたまりに、人間1000人分の命が詰まってるっていうんですか……」
「ええ、まぁ、有り体に言えばそう言う事ね……」
「ど、どうしよう……!!」


こちらの焦りなどどうでも良さそうに、むしろ楽しそうにしている光秀を恨めしく思いながらも視線を送ってみると、もったいぶった様子で顎に手を当てた。


「そうですねぇ……おそらく、金平糖を1000個貢ぐ程度に謝罪しなければ、あの偏屈へそ曲がりは許さないでしょうね」
「1000個って……、金平糖って貴重品じゃ……」
「安くはないわね」


いくらになるかしらねぇ、と優しくもそろばんを弾き始める濃姫の手元を見ていると、膨れ上がる0の数。いくらそろばんが弾けなくても、数字を読むくらいは出来る。あーなんだあれ。足軽の給与何年分なの。死ねって言うの。
思わずがっくりと項垂れたと同時に、濃姫も不毛な計算をやめた。


「もう蘭丸とまともに話す事もなくなるのか……はは……存外寂しいもんだな……ははは」
「気をしっかり持ちなさい、修君。蘭丸君もいくら何でもそこまで意地っ張りなどではないわよ。何かお詫びはあったほうが良いかもしれないけれど」
「お詫びっつっても、今持ち金も充てもないしこの身1つで一体何が……」


はぁ、と深い深い溜め息を吐けば、やけに楽しそうな光秀がぐんにゃりと修にもたれかかりながら肩に手を回してポンポンと叩いた。楽しそうだな、おい。飯うまか。人の不幸は蜜の味か。


「ククク、あげれば良いじゃないですか、貴方自身を」
「金平糖1つにあんまりにもあんまりな代価じゃないかそれ……!! 犬追いの犬役しろって言われるに決まってる……!!」
「おや、どうでしょうねぇ。私なら貴方をいただいたら、犬追いなど逆にしたくもなくなるかもしれませんが」
「どういう理屈だ」
「犬なんかよりよっぽど楽しいオモチャを手に入れたら、犬追いの枠に引っぱりださずとも……」
「あーはいはい! 光秀の武器は大鎌でしたねすいませんね! 犬追いの役させれる方がよっぽど生存率高いわ!!」
「おやおや、早合点はよしてください。私は別に貴方を殺したい訳ではありませんよ」
「きいい!! よせ!! 今はそんな話はいい!!」


これ以上聞きたくもない! と慌てて濃姫の側に避難する。
光秀の妙な趣味の話はともかく、今は何と言っても森蘭丸だ。あの怒りようから察するに、一筋縄ではいかない。無視して通すのはあまりにもしんどい。わだかまりのある相手と逐一顔を合わせる事になるかと思うとお腹が痛い。


「ああ、そういえば。修、貴方は以前、付いていた忍びに自らこしらえた巾着を贈ってやったそうじゃありませんか。金平糖入れとでも称してまたしつけてみてはどうです」
「駄目だ、あれは駄目だ。アイツは言わなかったが、小豆入れにしようと小豆を入れたら中身が全部底から…………って、お前、なんでそれを……」
「貴方の屋敷には、こちらの忍びも出入りしていたそうですから。私情で」
「鼠が多すぎるとは思っていたんだが、織田軍まで入ってきてたのか……。あんまり武田の忍び衆を遊んでくれるな……」
「私情でしたから。私たちは感知していませんでした。ただ、たまにさっと報告はありましたが」
「報告……?」
「ええ、このような似顔絵まで出回って……」
「ぎゃあああああああああ!!!!」


光秀がいると、中々まともな話が出来ない。


「そうねぇ……そういえば、修君は厨にも立つ、と聞いたわね」
「え、ええ、まぁ……そんなことまで知れ渡っているとは……」
「何か1つ、甘味でも作ってみたらどうかしら。なんだったかしら、なにかとても美味しいものを作るって聞いたのだけど」
「一体そんな情報誰から……」
「忍びよ」


ある意味、一番プライバシーがなかったのは、武田修だったのかもしれない……と思わず明後日の方を見る。そんなことを言われても、当時何を作ったっけか……。


「プリン、と、クッキーだっけか……。でも、あれは当時好き勝手出来る環境でやっとこさ手に入った材料で作ったもんですから……」
「あら、何が必要なの?」


ここまで親身になってくれるということは、用意してくれるということなのだろうか……。どちらにせよ、クッキーは時間がかかるし手間もかかるしで、簡単に出来るとしたらプリンしか無いのだが。


「まず、卵」
「卵ね」
「砂糖」
「あら、贅沢だこと」
「牛の乳」
「まぁ、そんなものまで……」
「あんな妙な物を飲むのは信長公だけだと思っていましたが、それはそれは……」


現代では簡単に手に入るものばかり。しかもセールで100円とか割と当たり前に売っている物ばかりだが、この戦国乱世の場合、どれもこれも高い品ばかりだろう。特に牛の乳とか、高いとか高くないじゃなくて、飲み物として確立してないどころか、珍品として織田信長が初めて……って、そんな話はどうでも良い。


「この3つと鍋に蒸し器、それに氷室もあれば、プリンだったらすぐ作れるんですが。ああ、今の時期なら屋外でも大丈夫か……」
「興味深いわね。用意させましょう」
「ええ、私も大変興味があります」
「それは……ど、どうも……」


なんだかトントン拍子に話が進み困惑するが、もしそれで蘭丸の機嫌がなおるなら……と気を取り直す。それにしても、あんな金平糖1つでここまで振り回される事になるとは……。




続く→


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