図書

□火傷
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「あちっ!!」
一人になった部屋に自分の声がよく響いて、また少し、右側が冷たく感じた。




*火傷






家族というものをなくして、ずっと一人だった私にとて、彼が持っている『門限』という約束はとても新鮮で。
でも。
「・・・んー・・・。」
彼が帰るのを見送って、また同じさっきいた場所へ戻ると、また一人なんだと再認識してしまう。寂しい。くっついていた右側が、手を振った右手が、冷たい。

「あーーダメ!!!暗いよあたし、暗い!そうだよご飯、明日に向けて戦が出来ぬだよ、こりゃ!

勢いをつけて、冷蔵庫へと向かった。












気の向かない台所で、やっぱりやってしまった。
「あちっ!!」
野菜スープの鍋に野菜投入、ガス台に落ちたたまねぎが気になってつい、手を伸ばして鍋を触ってしまった。
赤く腫れる手。きっと、冷やしてもみみず腫れはするだろう。
情けない。
彼が帰ってしまうと最近いつもこうだ。身が入らない。一人でいることに、もっと寂しさを感じるようになって。
だから、くぐもった彼のこの声は、自分の得意な妄想なのだとばかり思っていた。


「・・・どうした?」
「うん、それがね、たまねぎがね」
「たまねぎが?」
「うん。ガス台にねって、あれ、今日はなんだか本物と話してるみたい。まだ黒崎君がいるみたい、へへ、徳しちゃったよ。」
「てか、開けてくれ、ここ。」
「へ?どこを?」
「ドア、これ、ここ。」
『ピンポーン』




チャイムが鳴って、現実に戻ってきた。と思っていた。
「はーい、どちら様・・・」
「おう。」

思わず、ドアを閉めてしまった。いるはずない、帰ったはず。
「おい、井上。」
「あ、は、はい!!」
ごめんね、ともう一度ドアをあける。間違いなく、彼がいた。
「ど、ど、どこいくの?」
「おまえんち。」
「あそっか。じゃなくて、門限過ぎちゃったよ?」
「ってか、どこいくのっておかしくね?」
「うん。言ってからおかしいなと思った。」
黒崎君だ。間違いなく、大好きな黒崎君。
へへへ、と照れ笑いがやっと。あまりに嬉しくて。

「お前、いきなりドア開けるのなしな。誰くるかわかんねえんだぞ?」
「・・・はい。」
いつも言われる彼からの言葉。あ、学習能力ないなってあきれてないかな・・・。だって眉間がだんだん・・・。
「そういや、お前。」
「う、え?」
「さっき、火傷してたんじゃね?そういえば。」
「あ、うん。鍋にね、でも大丈夫。黒崎君はどうしたの?」
「宿題のプリント、一枚忘れたみたいで・・・」
あ、何でだろう。黒崎君また皺が深くなってる・・・?
「井上、ご飯食べたか?」
「ううん。これやっちゃったから、まだ。」
「・・・すぐ出れるか?」
「へ?どこへ?」
「おれんち。俺もまだ食べてないし、井上が嫌じゃなかったら、うち、こないか?」
「で、でも」
「ひげに火傷、見てもらえよ。」
「えええ!いいよ!悪いよ!時間外だよ!!」


あ、また深くなってる。
「時間外って・・、確かにそうだけど、俺が見てもらいたいの。痕になったら嫌だろ?これ。」
「でも・・・。」
「・・・あのよ、その・・・そしたら、もう少し一緒にいられんだろうが・・・。」
「あ。」
小声だけど、目は合わないけれど、はっきりと聞こえた。
涙がにじむ、嬉しい彼なりの愛情表現。深い眉間の皺。頬の色。

「・・・はい、それじゃ、すぐ用意」します!!」
「よろしい。」
んじゃ外で待ってるな、とあげたプリントをひらひらさせて階段を降りていく。見つめてしまう。




火傷したのは指だけど。
でも、さっき冷たかった右側を見れば彼がいて、今日は手も繋いでくれて。
火傷したみたいにわたしの心は熱くて。




「火傷してよかった!!」
「・・・俺が来なかったらどうしてたんだ?」
「・・・アロエ?」
「民間療法かよ・・・。」







*END*

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