図書

□忘れ物
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「じゃあね。」
「じゃな、また明日。」
「うん、明日。」
「カギ、忘れんなよ。」
「はい。」

この瞬間の、この空気。
その笑顔。
アイツは気付いてるのか?





*忘れ物






自転車を少し飛ばし気味で帰る。門限まではあと5分。
なんでこの年で、彼女も出来たってのに門限7時…俺としては破っても電話入れりゃなんとも、へ、とも思わないが、井上は違う。
「家族の約束は、何より大事だよ?それに妹さんたちの為にも帰って、一緒にご飯食べてあげて?」
真剣な顔で、こう言われて以来俺も門限を守り通している。
でも。
最近、見えなくなるまで俺を見送る井上の目が、笑顔が少し小さく感じて。その後一人になる井上を思うと、自転車をこぐ足に一掃力が入ってしまう。どうしようもない事。
井上の気持ちを考えればだからこそ、門限を守るしかない自分にイライラしてしまう。







「お兄ちゃーん、ご飯!」「おー。今行くー。」
井上と一緒にやった宿題を確認しつつ、水色からのやや卑猥な芸能レポーターじみたメールに返事を打つ。「…阿保か。まだ出来ねーっつーの……って、3、4あれ?」
1枚プリントが足りない。カバン……中も無いって事は。


「悪ぃ!先食べててくれ!忘れ物してきた!!」
「ええ?もうよそっちゃったよ!」
「どこ行く気だ、いち」
「忘れ物って言ってんじゃん…」
家族の会話も聞き流して、自転車にまた乗る。
体が軽い。



突然、また行ったらきっと驚くだろう。
驚いて、笑って、わけわかんねぇ事言うんだろうな、きっと。


んで、出来ればさっき水色から来たメールみたいな事をしてみたらいいんだろうけど、いかんせんまだ手を繋ぐだけでもかなりの勇気が必要で。


いや、いいんだ。まだ。
俺たちのペースで。





もし今行く事で、アイツが少しでも、寂しさが消えた笑顔になれるなら。
いや違うか。俺が会いたくて、か。
滅多にないシチュエーション、何か前に進める気がしてくる。いや実際はそうは行かねぇんだろうけど…。




忘れ物に感謝して、誰もいない道、立ちこぎで向かった。





*END*
そして『火傷』に繋がります…違った1歩(家にて家族との初食事)を踏み出せたようです…。頑張れいちご。

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