退屈な毎日が嫌いだった。
非日常に憧れていた。


そして。


ある日、僕の世界が僕だけ否定した。




  ―永劫回帰鎖的理論―






いつものように朝起きて学校に向かおうと、玄関の重いドアをギシギシと音をたてながら開けた。
輝く太陽がアスファルトに反射してとても眩しい。思わず目を瞑った。
嗚呼、目の前には昨日と変わらない景色。
鞄を手に持ち、階段を降りる。かつん、かつん、と一段降りる度に鳴り響く錆びた金属音がやたら耳に響いた。
少し家を出るのが早かったのだろうか、道行く人は誰も居ない…一人ぼっちだ。
そんな通学路。最初の違和感を感じたのはいつもの交差点を曲がって、チャラい容姿に日光を受けて輝く綺麗な茶髪の胡臭いしゃべり方の彼を見付けた時。

「おはよう正臣!」

片手を上げて彼に存在をアピールする。
だがしかし、そんな僕に気が付かなかったのだろうか。足早に彼は曲がり角を進んで歩いて行ってしまったのだ。

「あれ?おかしいな…まぁいっか」

学校に行けばまた会える。そう思いながらも不思議と何故か胸が騒いでいた。

さっきの違和感が確信に変わったのは学校に着いて直ぐのこと。





教室の





僕の席が消えていた。





机も椅子もロッカーの中身も僕の名前の付いた教科書も何もかも、始めから其処に存在していなかったかのように跡形もなく消えていたのだ。
教室の中ぽつりと不気味に空いた空間。本来在るはずだった僕の居場所。
まるでそこだけを抉り抜いたような、けれどソレこそ"アタリマエ"のように誰一人として不自然に空いているソレに気付こうとしない。


「 先生 」


「 みんな 」


「 誰が 」






「 ねぇ、誰が答えて…! 」



苦し紛れに目の前のクラスメートの腕を掴んだ。
その体に触れた、触った。確かにその布を掴んだ感触は僕の手の中にあったのに。


「なぁお前今日の放課後どうする」
「ゲーセンにでも行くか?」
「おっ、いいねいいね〜その話俺も乗った!」
「おーい正臣、お前も来るだろ」
「俺パスー今日は駅前で運命の女神を見付け…」
「その話はどうでもいいっつーの」

ケラケラと楽しそうに談話している目の前の光景にゾッとした、血の気が引いた。
視線をすぐ横にずらせばもう一人、僕を良く知る人がいる。のに。
教科書に視線を向けたまま顔をあげようとしない。



「正臣、園原さん!…まさ、お……園原さ、あ、…ま……おみ」

何度も叫んだ。
声が掠れるくらい何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
その腕に体にすがり付ついた。
ワイシャツがぐしゃくしゃになるくらい激しく友人を揺すった。
それでも彼らが僕に視線を合わせる事はなくて……まるで僕は幽霊にでもなってしまったとでもいうの?

「誰でもいいから、お願い…気付いて、お願い…っ!」



なんだ、なにがあったと言うのだ。
昨日まではいつもと変わらない、退屈な日常だったのにどうして今日に限って誰も何も僕の中に残らない。
いや、これは


「誰も、僕を認めていない…?僕は、僕は、」




みんなのせかいにぼくはいますか。






「………っ、わあぁぁあああ゙ぁあ!」



走った。
無我夢中で走り抜けた。

訳がわからない、
何処へとも知れない、
終わりなんて見えない、
現状を理解出来そうにない、
けれど足だけが勝手に進んだ。

胸が張り裂けそう、ハァハァと息が切れる。
呼吸を調えてみても現実は何一つとして変わらない。
いつの間にか周りはスカイブルーに染まっていて、宙に浮いた足が気持ち悪い。
足元を見た、本来あるはずの影すら多分ココにはなくて。


「っ、ぇ……あぁ…っく!」


両手で咄嗟に口を押さえ込む間も無くして猛烈な吐き気に襲われた。
目の前がチラチラする、モザイクがかった視界が吐き気に拍車をかける。
ガクンと膝が折れたのがきっかけか、バランスを失った僕の体はあっという間にコンクリートの地面へ引き寄せられていった。

耳元で嵐のような唸り声がする。風が煩い。冷たい。痛い。地面が近い。怖い。落ちる。僕は、―‥死ぬ?

恐怖に身を強張らせても、やって来るであろう衝撃はなくて。
恐る恐る目を開けても真っ青な空が眼前に広がっているだけで。あぁ、やっぱり僕は何処かおかしいんだなと再認識するだけだった。










行く場所も思い付かなくて、何処かもわからない世界をただひたすら歩いた。
歩いても歩いても、誰一人として僕を見付けてはくれない。

気が狂いそうだった。



「だ、れか!僕はここにいる、誰でもいいから僕を見てよ!」

道行く他人を手当たり次第、片っ端から突き飛ばした。
(ねぇ気付いてここにいるよ。)
突き飛ばされた人間は当たり前に無様に地面に転がって、そして再び立ち上がり。


「どうして…」

僕が突き飛ばした事実など存在しないように

「っく、ひっう……ぁう」

何事も無くまた歩き出した。


僕の心はとうとう泣き出してしまったようだ。
泣かなければ、きっと壊れてしまう。
もう耐えられない。

「だれか、誰か、だれか、おねがっ、い、だれ、か。もう助けて、許して…、無理だ、よ、たす…けて、た、すっけて」

救いを求めて無意識に伸ばした両手がグイッと引っ張られた。
涙で濡れた頬を優しく撫でられる。


「みかどくん」




吃驚する程優しい声
僕はこの声を知っている……。

「い、ざや、さん?」
「ねぇ帝人君、君ってどうして泣いてるの」
(それは誰も僕を見てくれないから)
「それは誰が決めたことなのかな」
(誰って…みんなでしょう?)
「みんなって、具体的に誰だい?」
(みんなはみんなだよ)
「俺もシズちゃんもそこに居るアレとかソレとか、君の親友の紀田正臣とかクラスメートの園原杏里とか」
(含めてみんな、拒絶してる僕を、僕だけを除け者にした)
「本当にそうなのかい」

(だって誰も見てくれないんだよ!)

心がどんどん沈んでいく、歪んでいく。
質問に一つ答える度に見えない鎖が僕の体をがんじがらめに拘束していくようだ。

だから僕はこう、答えるしかない。



「みんなが僕を拒絶してるから……だから、みんな僕を見ないんだ。そうでしょう臨也さん!」

そう言うや否やさっきから優しく僕の頭を撫でていた手がそっと離れていった。

「どうしてそう言い切る事が出来るのか、理解に苦しむね。よく考えてみなよ、今君はナニと話してるんだい?」
「何って…いざ……」


そうだ。どうしてこの人は僕を真っ直ぐに見つめているの?

「いい加減認めなよ、本当はダレがナニを認めてないのか…そうすればきっと……」

「ま、まって!」


置いて行かれる、置いてかないで。
眩しい光に包まれて視界が遮られる。

何も見えない
何も感じない
何も…‥考えられない。

いっそのこと全てを投げ出して、完全なる無になってしまおうか。
体も心も捨てて、意識を手離してしまえばきっと楽になれる。

そう思うのに



「みかどくん」



どうして、頭の中から声が離れない。



 「みかどくん、みかどくん」
   「帝人くん」
     「みかどくん」
「みかど」
      「みかどさん」
   「りゅうがみね」

 「帝人君」
          「みかど」




「りゅうがみねみかど!」


声がする、

僕を呼ぶたくさんの声が。







「…!…………


 ……!…―――…!


 ―――…‥!帝人!!」
































「‥…んぁ……、正臣?」

徐々に鮮明になっていく世界の姿
段々理解していく僕の脳味噌。

「あれ、僕どうして…」
「ビックリさせんなよ!急に倒れるからどうすりゃいいか解らないだろ」
「何処か具合悪いところはありせんか?」
「う、ん。大丈夫…驚かせてごめん二人とも」

体を支えられて立ち上がる。
少し頭に鈍い痛みを感じたけれど、動けない程じゃない。



―――いい加減。認めなよ


ぱぁぁっと急に視界が開けた。



「あっ、そうか。そうなんだ…」
「どうした帝人?」
「ううん。何でもない」
「お前本当に大丈夫か、病院いくか?んー?」
「そう言って自分が病院に行きたいだけでしょ」
「よくぞ見抜いた!だってナースと知り合う機会なんてそうそう滅多にないからさぁ」
「ふふっ」

正臣のくだらない提案に園原さんが小さく笑っている。

「そうだよね……うんうん。これだよ…臨也さん」


わかったよ。認めるよ
退屈だなんて思わない
変わらないこの日々が
凄く、…大切だって!


「正臣」

もう迷わない。
この世界が、愛しい。

「園原さん」

手を伸ばしたら触れる距離
前を歩く、振り向いた二人は微笑みながらこう呼んでくれる。

「一緒に帰ろうぜ帝人」
「一緒に帰りましょう」


あぁ、みんなの世界が僕を拒絶したわけじゃなかった…僕がみんなを拒絶していただけなんだ。

これが僕の求める日常。
これが僕の愛した世界。




(でもどうしてあの時臨也さんだけ僕に気が付いたんだろ…。それはね帝人君が俺の事が心底大好きだからさ!なっ?!そんなことありませんっ!!好きだから、俺の事だけは拒絶しなかったんだろう?ちちっ、違います!ぜっっっったい違います!!!)





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