主たる書架
□憂鬱な勇者――憂者。本当の勝つべき相手。
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彼の朝は、爽やかな陽射しと、清々しい鳥の鳴き声から始まる。
「う……今日は……」
そう。今日は彼の16歳の誕生日である。
それをはっきりと思い出し、彼は一言呟いた。
「はあ……旅になんて、出たくないなぁ」
彼は16歳の誕生日を迎えると同時に、勇者として魔王討伐のために旅に出なくてはならない。
彼が生まれた時にこの国の王がすでに決定した。
彼が勇者であると。
勇者であった父が魔王に敗れて死んだ時から、それは宿命づけられていた。
本当ならば、これ以上の栄誉はないはずだが、彼の心は暗かった。
「どうせ僕じゃムリだって。でも、聞いてくれないんだろうなぁ……」
その『聞いてくれない』であろう相手を脳裏に描き、彼は深い溜め息をついた。
寝室のドアが勢いよく開かれたのは、ちょうどその時である。
「おはよう! さあ、あなたは今日から勇者として旅に出るのよ!」
ノックもなしに怒鳴り込んできたのは、たまたま隣の家に住む……いわゆるところの幼なじみの娘だった。
勇者であるはずの彼は、致命的なまでに彼女に弱かった。
いや、人類の……生けとし生ける者全てが彼女には勝てないと言っていいだろう。
それ程までに、彼女は圧倒的に強かった。
今日も彼女は絶好調で言った。
「旅の仲間は私が用意しておいてあげたわ! この仲間とともに魔王を退治してくるのよ、勇者よ!」
うながされて、彼女の称するところの『仲間』に会ってみると、
「………ッ」
全ての顔が怯えに染まり、中には震える者すらもいた。
そして、憂者を見ると、一様に憎悪の眼差しを向けてきた。
『なぜ、自分達が巻き込まれねばならないのか』
目は口ほどに物を言っていた。
彼とて、反論がないわけではない。しかし、彼らが抱えることになってしまったトラウマを思うと、なにも言えずにいた。
きっと、彼女が彼らに何かしたのだ。
それは、世界の真理、宇宙の真実のように、当たり前に想像されることだった……。