蓮の花


ある夏の最後、

蓮の花が大きな蕾をつけていた。

 あれっ? と思って

美大生のO君は立ち止った。

 あれー、変だな。
 おれの目がどうかしたのかな。

よく見ると、かくかくっと微細な

正方形が見える。

O君は、穴の開いたジーンズで

膝をついてしげしげと見た。

しかし、その正方形の角は

蓮の花から周辺に急に波及した。

雲を見上げた。

雲も角張っている。

おでん屋のがんももかくかくと

角が付いている。

猫のひげもかくんかくんと
なっている。

正確に物を

見つめる習慣があるO君は、

微小なモザイクから構成された

世界を見た。

数分後には、音が変わった。

音と音の間に

音の隙間ができて聞こえる。

通りすがりの男女の会話、

 「だ.ら.ぁ」

 「わかっ.い.わ.ぉ」

なんだ、これは、と思いながら、

財布を見たが、O君の財布には

小銭が数百円しか入っていない。

病院で診てもらうこともできない

今月家賃を滞納すると…

アパートを出ないとならないので

一日200円以内に

食費を抑えていた。

日も差さないし、

雨漏りすればどしゃ降りだし、

別にアパートに未練はない。

それにしても、おれは病気に

なっちまったかなあ。

画板を持ちながら

うろうろしていると、

日が暮れてしまった。

蓮の花が咲く音がした。

かさっ、と。

その瞬間

大きなゴム輪で引っ張られる

ように、

ひょーんと、

O君はその場から上方に消えて

しまった。

酔っ払いが一人見ていた。

最近の若いもんはすごい。

と酔っ払いは猫の背中を撫でた。

O君はどうなったかというと、

地球からはるか遠く、何万光年

というより、

“∞”の遠くにあるところに

吸い寄せられていた。

まあ、神様が呼んだのである。

神様と言ったって、

手足や頭がある

 「か・み・さ・ま」

とはほど遠い石だった。

碁石のように

つるんつるんしている。

これが宇宙のクリエーターだった

O君は宇宙の中心にある

クリエーターの内部に

取り込まれていた。

O君はお腹も減っていたし、

片思いの彼女に会いたかったし、

家賃のことも心配だった。
みるところ、

真っ白けの部屋に寝かされていた

これは***美術館にある部屋に

よく似ているなあ。

真っ白い部屋は正方形が

いくつか重なって

入り組んでいるように見える。

 声がした。

「お前は、この部屋をどう思う。」

「あなたは誰ですか?」

「O君よ、君は答えればいい。この部屋をどう思う。」

「無機質です。」

「もうちょっと
感想を述べたまえ。」

「不自然でつまりませんね。」

「そうなのだ。君はそれが解るから私は選んだのだ。」

「てーか、あなたは誰なんっすか?」

「私はクリエーターだ。」

「へ? 広告会社かなにかですか?」

「バカ者め。創造主だ。」

「そーぞーしゅ? おれ、絵描きの卵であなたの言ってることわかりまへん。それに、腹減ってぺヤングソース焼きそば食べたいんです。」

「えーか。もとい、いいか。お前の変な言葉が移るではないか。いいか。」

「いいかって、なにが?」

「だから、」

「つーか、ぺヤングないのここ。」

「えーい、黙らっしゃい!」

「おじさん、暴れん坊将軍?」

「怒らせるなよ。」

「怒ってもいいよ。」

「だから。」

「続けなよ。」

「むむむ。お前、できるな。」

「できないってぱ。」

「話が前に進まない。いいか。」

「だから、ぺヤングを。」

「えーい。もういい。」

そーぞーしゅは白い部屋から

たくさんのチューブを伸ばして

O君の頭と胸、目と耳に、口に

差し込んだ。

その途端、

ぺヤングソース焼きそばも、

片思いの彼女も、

アパートも

頭から消え、何かがO君の

口から吸い取られた。

きらきらとダイヤモンドダスト

のように見えた。

ああ、これが北国の名物か。

「さて、よし。」

「クリエーターさん、もういいの? 何したの?」

目の前にぺヤングがあった。

割箸も付いて。

お湯は切ってあった。

「さあ、食べなさい。」

「ここに、君が蓮の花の前で見た時の違和感を集めた。」

O君はおいしそうにぺヤングを

食べていた。

「うん。」と言って食べ続けた。

「これをお前の星にばらまく。」

「細菌みたいじゃん。」

「細菌じゃあない。天使だ。」

「え? 森永エンジェルチョコレートのあれ?」

「えーい! 黙らんとぺヤングを取り上げるぞ。」

「わかったよー。」

むしゃむしゃ。

「天使といっても、お尻もないし、天使の翼もない。粒子だ。」

「ふーん。おじさん、おれ、家に帰りたいよ。」

「話を聞け。おじさんはな、いや、私は、無量大数とお前の星で呼ばれるほどたくさん天使を創り、君の星である作業をさせる。」

「というと?」

「隙間を埋める作業だ。」

「何を言っているのか美大生のおれにはむずい。」

「むずかしい、といいなさい。」

「むずかしい、です。」

「それでよい。君は変だと思わないか?」

「なにが?」

「君の星でいま進んでいることだよ。」

「とんとわかりませんが。」

「わからないが、君は感じた。」

「蓮の花が変に見えたよ。おでんのがんもも。音も。」

「それだ。」

O君は最後の一口を大事そうに

口に入れた。

「君の星で行われていることは、実は自然の法則に逆らうことなんだよ。」

「もうちょっとわかりやすく言ってください。」

「つまり、すべてをゼロとイチに分けることだ。」

「あぁ、そう言ってくれると何となくわかる。コンピューターとか、デジタルだね。」

「そのとおり。」

「ゼロとイチをどんなに細かく分けても絶対に元の形にはならない。」

「だろうね。」

「その隙間はどうしても埋めることはできないのだ。」

「つまり?」

「お前の星で進んでいることは、誤差の集まりなのだ。」

「それをおれが見たり聞いたりしたってことですか?」

「そうだ。ゆえに、万事を自然の形に復元する作業をする。そうしないと、お前の星の人間は、隙間だらけのものごとに馴れてしまい、思考と感覚が本来の姿からずれてゆく。」

「でも、それは大変な作業でしょう?」

「いや、O君も気付かないうちに修復する。」

そう言って創造主は消えた。

O君は元いた蓮の池に立っていた

手にはたくさんのぺヤングソース

焼きそばが入った袋と、財布の

中には一ヵ月分の家賃、

片思いの彼女のハートには

O君の思いの矢が刺さっていた。

そこから先のことは、

地球が大混乱した、とだけ記そう

O君は翌日から片思いの彼女と

手をつないで

丸い蓮の花を見ていた。

「くりえーたーがさ...」

「いいから、だまって、手を握るの。」

Happy End。 LOVE,LOVE,LOVE IS THE NATURAL TREASURE.
おわり。







Enjoy MLB with MAJOR.JP! Ichiro, Matsuzaka, Matsui, and more!

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