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□ビューティフル・ワールド
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ずっと、ずっと。
死に場所を探していたのかもしれなかった。

父さんを、母さんを、エイミーを失って。身体の一部がえぐり取られたような気がしたけど、それはやっぱり錯覚でしかなく、俺は五体満足のまま変わらず呼吸をしていた。
そのことに14歳の俺は絶望した。
大切な大切なものが奪われてしまったのに、生きていける人間の強さに絶望した。その責任をライルに押しつけた自分に吐き気がした。

「一緒に死ねたら楽だったか」

それは魂を分かった俺の片割れの声だったのか、それとも。








酔っぱらって、刹那の部屋に転がり込んだ。
筋トレを中断させられた子どもは一瞬不機嫌な表情を見せたが、ベッドまで運んでくれたのは予想外だった。ずるずる引きずられたとも言うけど、体格差があるからしかたない。ただなにより驚いたのは、腕や肩に触れた体温に言葉にならない喜びを覚えている自分だ。
戦術予報士に付き合ってウイスキーばかり流し込んだせいで、舌にまだ苦みが残っている。アレルヤも呼べばよかった。そうすれば、アレルヤのペースに合わせて飲むようにするから、気持ちいいだけのアルコールで終われたのに。
脳髄も胃腸も心臓さえもふわふわと浮ついている気がする。その勢いで胸の奥にたまった澱みが喉もとへと押し出されて。
なにか、どろどろしたものが、外に出たがっている。

「ロックオン・ストラトス」
ん?と俯せのまま、重たい頭をもちあげると、水の入ったガラスコップが差しだされていた。腹筋のノルマはいつの間にか終えたようだ。
気が利くようになっちゃって。俺の努力もけっこう実ってるもんだなぁ、と感慨深くなってくる。
「さんきゅ」
するすると何のつっかかりもなく喉をすべり落ちていく水に、喉もとでさまよっていた澱みがまた身体の奥深くへもぐっていくのがわかる。
「せーつな」
「なんだ」
甘ったるい声の酔っぱらいの戯言にも、生真面目に返事をしてくれる。8つも年下の子供に、俺は何を求めているのか。
「悪ぃ、なんでもない」
軽く頭をふって沈殿した思考を振り払おうとするが、やってくるのはぼんやりとした眩暈だけだ。こんなにアルコールに浸かるなんて久しぶりだった。
「やめるな。続けろ」
視線を曲げることを知らない子どもは、じっとロックオンを見ている。ぞくり、と何かが背筋を這い上がる。

「お前が」
神様だったら、と続けようとして一瞬口をつぐんだ。それを刹那に問うなんて、どうかしている。酔いを言い訳にするとしても。

「お前が世界を変えられるなら、新しい世界を創れるなら、どんな世界がいい?」
 
尋ねながら、この質問のまぬけさに吹き出しそうだった。仮定の話の空虚さを知らないほど幸せな人生は送っていないはずなのに。ロックオンも、刹那も。

こうきゅうへいわ。
りふじんなぼうりょくでたいせつなものをうしなったりしない、
あたたかくてやさしい、せかい。
(おれに)やさしいせかい。

なんて、な。

「あんたが望む世界」

その言葉は、ロックオンの問いかけよりも凶暴で唐突な力を持っていた。
ふいに笑おうとして、目を細めたはいいけれど、どのくらい口の両端を持ち上げればいいのか分からなくなってしまった。醜い顔を、さらした。
乾いた笑い声でどうにか、場をつなぐ。24にもなって揺さぶられるなよ、と自嘲が湧いてくる。
「なにがおかしいんだ」
赤褐色の瞳があまりに澄んでいて、底が見えない。それが、恐ろしい。
「いや、けっこう懐いてくれたんだなーって」
かわいいやつめ、とおどけて、自分とは違う固めの髪に手を伸ばす。その瞳から逃げさせて欲しかった。
その手を刹那が掴んだ。強い強い力で。
酔っているロックオンよりも、高い体温で。

「俺たちのなかでロックオンだけが、優しい世界を知ってる。たぶん、アレルヤもティエリアも知らない。俺も。だから、あんたがいいと思う世界、あんたが生きたいと思う世界をつくればいい」

ああ。血が、沸騰しそうだ。
鼻がつんとして、目玉の裏から熱がこみ上げてくる。
痛い。痛い。痛くて、いたい。

やめてくれ。
汚いエゴを、許されたような気になってしまう。
ずるい大人は、自分の都合のいいように美しい言葉を醜く変えてしまう。
 
もう、なにも、うばわれたくなんかないのに。
もう、せかいにきたいする、なんて。

にくたらしいせかいめ。やさしいふりなんか、するなよ。

ばかな大人はすぐだまされるんだって。

Fin.


20080624

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