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□始まらないから終わらないもの
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「ロックオン、入るよ」

オレンジの球体を抱きかかえて、フェルトはそろそろと部屋にはいる。呼び出そうかとも思ったけれど、ハロが部屋のロックを外してくれた。

『フェルト、ハイル。ハイル』
 急かされるままに部屋に足をふみいれると、室内が薄暗いのに気づく。照明を絞っているようだ。

まだグリニッジ標準時間で10時過ぎだけど、眠っているなら出直そうかと迷う。
宇宙にいても、彼はそういう毎日のサイクルをとても大事にする。非常時はそんなことも言っていられないけど、他人の習慣が自分に馴染んでいることを悪くないと感じる。
ただ、少し残念だと思った。
14歳のフェルトが夜更かしをすることを、ロックオンはよく思わない。そのラインがだいたい10時ごろだ。だからこそ、過ぎたころを見計らって部屋に来た。
もしかしたらハロを迎えにフェルトを探してくれるかもしれない、と少し期待がなかったとは言えない。

ロックオンのそばにいると、深く呼吸ができる気がする。
自分から求めるには勇気がいるから、気づいてくれないかな、と甘えてしまう。
そういう期待を裏切らずに、どんな些細なことでも掬い上げてくれるのがロックオン・ストラトスという人間だ。

「寝てるの・・・?」
すぐに帰ってしまうのもなんだかもったいない気がして、フェルトは部屋の入り口あたりで困っていた。
部屋の主が眠っているかもしれないと感知したのか、ハロも沈黙を守っている。目がチカチカと光っているけれど。

部屋の奥まで入ってしまえば、気配に聡いガンダム・マイスターならばすぐに起きてしまうだろう。戦闘要員ではないフェルトは気配の消しかたなど知らない。

「フェルト・グレイス?」

突然降ってきた低い声に、肩がびくりと揺れた。
薄闇の中から姿をあらわしたのは、最年少のマイスターだった。

「どうした」

フェルトが驚きで言葉を失っていると、刹那は視線をフェルト胸のあたりに下ろして「ハロか」とひとりごちた。
刹那とミッション関連以外で会話をするなんて、フェルトは初めてだった。
プライベートな会話を交わすときは、常にロックオンが無口なふたりの間に潤滑剤として存在していたのだ。
「入るか?」
刹那はそう言って、部屋の奥へずんずん進んでいく。ここが誰の部屋なのか、忘れてしまいそうなほど自然に。
フェルトは黙って刹那の背中について行った。室内にいるはずのロックオンに引き寄せられているのかもしれなかった。
 
壁際に配置された大きめのベッドのうえで、ロックオンは180を越える長身をまるめて、眠っていた。
どうしてそんなに端っこに寄っているんだろう。
Tシャツから伸びた腕が、闇の中にぼんやりと青白く浮かび上がっている。
栗色の柔らかそうな髪の毛を、ベッドサイドに腰掛けた刹那がゆっくり撫でていた。そうすることが当然のように。

日頃見ているふたりからは、想像できなかった。ふたりセットで見かけることは多かったけれど、たいていロックオンが一方的に刹那をかまっているように見えたから。
それでもフェルトは、その光景をおかしいとはちっとも思わない。

ロックオンは大人で、でも大人だって子供みたいに眠る日があるんだ、と知っただけ。大人というラベルがはがれたら、こんな風にロックオンは幼くなるんだと。ラベルがどうしてはがれたのか、それとも意図的に誰かがはがしたのかは、わからないけれど。

そして、自分にはそのラベルは剥がせそうにない、ともフェルトは思う。
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