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□あなたに捧ぐ言葉を胸に
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自分さえ倒れなければ、すべて守れると思っていた。
最前線に立つのがエクシアの、刹那の役目だったから。それが錯覚でしかないと気づいたのは。

いつだったか、ベッドでまどろんでいた刹那の髪をなでて、ロックオンは言った。
情事のあとには身体の負担が大きいため、自分よりさきに眠りに落ちてしまうことが多かったから、珍しい出来事として刹那はそのやりとりを覚えていた。

「なんのために、お前はここにいるんだ?」

あまりの唐突さに、今さらなにを、と開きかけた唇はなんの音も生みださなかった。
ガンダムに乗ること以外、刹那の生きる道はないと知っていてあえてそれを問うのは。きっとロックオンはまた刹那には見えないものと対峙しているのだろう。

「どうして、戦う?」

青白い肌が、呼吸にあわせてゆっくりと動くのを見つめる。
翡翠のように澄んだ瞳は閉じられ、それが刹那になんとも言えない感情を植え付けた。

「ロックオン」
 自分より大きな体躯に覆い被さって、まぶたをべろりと舐めた。長い睫毛が刹那の唾液で濡れる。
こっちを見て欲しかった。ようやく開かれた目はどこか虚ろに感じたが、さっきまでの名残だと思うことにした。

「なぁ、刹那。俺には、世界の恒久平和のために命をかけるなんて、ときどき狂気めいたことみたいに思えるんだ。もっと個人的な、利己的な理由で人間は動くもんだってな」

刹那は、ロックオンを知っている。

優しいくせに、優しい自分を認められない愚かな大人を知っている。そして、その愚かさが、自分のつたない言葉で拭えるほど簡単ではないことも。痛いくらいに、知っている。

「それなら」
ロックオンの胸に頭をくっつけるようにして視線をそらし、刹那は口を開いた。
むき出しのままのロックオンの右手が、刹那の髪の毛をゆるゆるとなでているのを感じながら。

「それなら、ロックオンはどうしてガンダムに乗る?」

鍛えられた平らな胸が上下することに、言葉にならない安堵をおぼえる。
柔らかくもないこんな胸のどこがいいんだか、とロックオンは苦笑するけれど、こんなにも自分に優しいからだを刹那は知らないし、これから先知りたいとも思わない。
これは、世界が自分に与えてくれた数少ないものだ。
いつ奪われるともわからない、守りきらねばならないもの。

「俺が戦うのは、いつだって利己的な理由のためだ」
刹那は顔を持ち上げて、再び視線を絡めようとした。
「過去の話か」
そういうことだ、とロックオンは返す。
自嘲して、彼の口がわずかに吊り上がった。あまり好きな表情ではない、と思う。

「でも、今はちょっと違うさ。それだけじゃぁ、ない」
ロックオンが刹那の両脇に腕を差し入れ、ぐいっと刹那の身体を引き上げた。
冷えた唇が押し当てられる。そっと、触れるだけだった。
「もう、なにも奪われないためだ」
俺だってそうだ、と刹那は小さくつぶやいた。もう、奪われるだけの存在じゃない。
ロックオンと刹那の間には、決定的な違いがあるとはまだ知らずにいた。

「俺にとって、一番大きいものは結局、家族なのかもな」
ロックオンのかすれた声がそっと部屋の空気に溶けて、刹那はなにも言えなかった。
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