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□口にだせないアイ・ラブ・ユー
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どうしようか、と思いながらも答えはすでに出ていた。
手放すなんて、もうできやしない。
地上に滞在するとき、どちらかの家にいることが多くなったのはいつからだったか。
思い返してもしかたないことが、ロックオンの脳内を巡る。
地上でまだ別行動をとっていた頃に戻っても、きっとまた同じ過ちを繰り返して今に繋がってしまう。
そんなばかなことを考えるほどには、毒されている。
襲ってくるのは、ただひたすら甘い痛みだ。
カーテンの隙間から差し込んでくるのは月の光だろうか。
ネオンの人工的な光だろうか。
曜日感覚などとうに薄れてしまったけれど、深夜になってもこんなに賑やかなのだから、週末なのかもしれない。
ただ、喧騒はどこか遠い。
ロックオンは、となりで眠る刹那に目をやった。
浅い呼吸だ。同じベッドで眠りはじめたころ、思わず手を口元にあてて何度も生きていることを確認していたことを思い出す。
さて、どうしようか。
思考は堂々巡りだが、断ち切れずにいる。
癖のある黒髪をそっと撫でた。
自分のそばでこんなにも安らかに寝息をたててくれる少年に、いとおしさとともに恐怖をおぼえる。
俺は、お前を弱くはしないか。
迷いを植えつけやしないか。
この憂いが、ただの自意識過剰ならいい。
そこで寂しさを感じるほど、自分は堕ちてはいないはずだ。
ふいに、刹那のまつ毛が震えた。
そして次の瞬間、ロックオンは猫のような瞳に囚われた。寝起きとは思えない、はっきりと意志をもった瞳。
「眠れないのか」
言葉を返す前に、ぐいっと抱き寄せられた。
細い腕だが、それに似合わず筋力ばかりが発達している。
「早く寝ろ」
小さな身体。高い体温。
自分とは正反対だ。
甘やかすように、ロックオンの額に唇が落ちる。
どこでこんなことを覚えたのだろう。
俺以外のやつに、そんなこと教わったりするなよ。そう、思ってしまう。
もう、逃げられない。
ふたたび閉じられた瞳に、キスがしたい。
口元や目にふと浮かぶ、かすかな笑みを知ってしまった。それが自分だけに向けられるという、たとえようもない喜びを知ってしまった。
先の見えないこの関係に、未来があればいいと思い始めている。
ここで引くのが、大人。
もっと早くうまく、でもしっかりと拒絶することが大人だったはずだ。
世界のすべてがお前の敵なわけじゃないんだと、それだけ教えることができればよかったはずだ。
穏やかに、でも冷静に接することが自分には求められていたはずだ。
けれど。
そんなものかなぐり捨てて、この甘さを守りたいと叫ぶ俺がいる。
たしかに、どこかで息をしている。
おまえなのか?
ニール。
愛し愛されたいと、大切なものを、またこの手に抱きしめたいと。
その一方で、怯えている俺もたしかにいる。
それこそがニール、お前かもしれない。
ライルからも離れて、失う恐怖を遠ざけたのに。どうして誰かを求めたりするんだ、そう震えている。
ただ。
どんなに振り切ろうと心を決めたって、あの全身に突き刺さるような、俺の欺瞞を射抜くような瞳に勝てるわけがない。
ごめんな、刹那。
もう、だめだ。手放せない。
この細く頼りない繋がりが、いつかお前を腐らせるとわかっているのに。
Fin.
言い訳でもしなきゃ、一緒にはいられない。
それでも、一緒にいたい。
20080625