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□世の中、追いかけた者勝ち
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注!グラロクです。せっちゃん不在。
今日も働いたぜ、という充実感と疲労感が身体を満たしている。
軽く伸びをしてから、ロックオンは首を鳴らした。
その心地よさを抱えたまま会社のエントランスを出ると、軽いクラクションが耳に入る。
最寄りの駅まで黙々と歩いていると、軽いクラクションはゆっくりとロックオンの後ろを追いかけてくる。
無視だ、無視。
そう言い聞かせてはいるが、ロックオンやその背後を見て周囲がくすくすと笑っているのは嫌でも気になる。
もうこの妙な習慣は、社内でも知れ渡っている。
憎まれても文句の言えない立場なのにむしろ、頑張ってください、と会社の女性陣に声をかけられるのが多いのは、そのクラクションを鳴らしている人物がかなりの変わり者だとみんなが知っているからだろう。
今日も大変ですね、なんて顔で道行く同僚に微笑まれてしまったし。
・・・勘弁してくれ。
いい加減にしろ、と目つきを鋭くして振り向くと、目が合った相手は喜びで尻尾をぶんぶんと振る犬のごとく、きらきらした瞳をロックオンに投げかけていた。
「さぁ、疲れただろう!私が家まで送ろうじゃないか。それとも少し飲んで帰るかい?どちらにしろこの車の助手席は君だけのものだ」
お許しがでたとばかりに満面の笑みでまくし立てる男は、なにを隠そうロックオンの勤める会社の若手社長、グラハム・エーカーであったりする。
「・・・社長、俺は電車で帰りたいんですが」
「何を他人行儀なことを。グラハムと呼んでくれと言っているじゃないか。それに電車など、君を狙う不届きな輩がいるかもしれないものには乗せられん」
俺を狙う一番危険人物は目の前にいると思うんだけどなぁ。
なんてつぶやきが通用しないことは、身に染みてわかっている。
一ヶ月ほど前に偶然エレベーターで乗り合わせて挨拶をしたところ、突然ロックオンの手をとって恭しくキスをした男だ。
極めつけがその後のセリフだった。
「君のような人が我が社にいたというのに今日まで気づかなかったとは!いや、今からでも遅くはない。君という存在を知らなかった私の孤独な時間を、今から一緒に埋めてくれないだろうか」
自分より背の高い同性に、甘い言葉を囁いてどうするんだ。
そうは思ったけれど、あまりに真剣な瞳と社長という肩書きに、殴って逃げ出すこともできず、はぁ、と右手を預けたままだったことを後悔しても後の祭りというやつで。
それから毎日こうやって帰りを待ち伏せされているのは、グラハムがよっぽど有能で仕事の早い男なのか、よっぽどダメな男かのどちらか。
勤めている会社の社員としては前者だと思いたい。
車から降りて、ホテルマンのような美しい姿勢で、グラハムはロックオンを助手席へ導いた。
だから、電車で帰るって、と断ろうとしてロックオンは気づいた。
「車、変えたのか?」
今日のグラハムの愛車は、あからさまに金持ちといったフェラーリではなく、見たこともないスポーツカーだ。
ロックオンの言葉に、グラハムは嬉しそうに破顔した。
「君の名前と同じストラトスという車だ。フェラーリに乗るのは嫌だと言われたけれど、これならどうだろうと思ってね」
呆れた。
たしかにグラハムの派手なフェラーリは注目を集めるし、露骨すぎて嫌だと断っていたけれど。
演技がかった言葉に、どこまで本気なんだろうと思っていたけれど。
だって、社長だぞ?
いいとこのお坊ちゃんだぞ?
中身はともかく、外見はキラッキラした王子サマだぞ?
「・・・あんた、ほんとにバカじゃねぇの?」
ため息ともつかない細い息が口から漏れた。
じりじり後ずさりし続けて、もう後がないことにようやく気づいた。
社員にそんなことを言われても「私をこんな風にしたのは君だよ」なんて笑顔で返すものだから、到底勝ち目はなかった。
諦めて自分と同じ名をもつ車に近づく。
「そんじゃ、お言葉に甘えて」
ロックオンが車に乗り込むと、グラハムは外からきちんとドアを閉めた。
シートに座って緩やかに車が動き出したとたん、忘れていた疲労が蘇ってきて、ロックオンはうとうとと微睡む。
いくらなんでも社長に運転させといて寝るなんて、と思ったが瞼はその思いと裏腹に重くなるばかりで。