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□ぜいたくな恋の言い訳
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刹那はいらいらしていた。
その原因をわかっていたけれど、ロックオンにはどうしようもない。
八つ年下の恋人の望むことならたいてい喜んでしてやる彼も、この件に関しては折れるつもりはなかった。
それは、いろんな意味で刹那の将来のためだ。
「どうして、何も感じない?腹が立たないのか」
「だって仕事じゃねぇか。こんなのこれからいくらだってあるさ。お前はそのたび俺に怒れって言うのか?」
さきほどから三回目のやりとりだ。
「俺は、あんな仕事やりたくなかった」
それを聞いて、ロックオンは頭を抱えたくなった。
この業界にいながら色事に疎いことは、この少年の美点だと思う。けれど、キスシーンをしたくないとごねる男優なんて。
喜ぶタイプだとは思わなかったが、ここまでか。
「今人気のアイドルが相手だぜ。かわいかったし、初のキスシーンの相手としてはラッキーだったって」
刹那の相手役は兄妹ユニットとして人気のトリニティ兄妹の末っ子、ネーナ・トリニティだった。
我が儘三昧で性格がきついと有名で、刹那がうまくやれるのか心配ではあった。
「それに連ドラでもないんだから、一回きりのキスシーンだろ」
何回撮ったかは知らないけど、と考えていると「一発OKだった」と刹那が言った。
二時間半の特番ドラマ。
映画畑しか知らない刹那の、本格的なテレビデビュー作品となる大切な番組だった。
数字だって悪くなかったはずだ。
ノンフィクションだったからか、感動ものにしては泣かせようとする厚かましさがない作品で、ロックオンは刹那がこれにキャスティングされたことが嬉しかった。
プロの心得なんてものを説教くさく説いてもよかったが、若手社長のスメラギに親戚のよしみというか、半ば無理やりこの業界に入れられた刹那が相手じゃ効果はない。
整った顔立ちと印象的な赤褐色の瞳だけではなく、業界にスレていないところが、刹那のセールスポイントでもある。
「ロックが俺の仕事に口出ししたがらないのはわかってる。でも、ちょっとくらい・・・」
うつむきがちになった刹那の言葉は、だんだん語尾が聞き取れなくなっていく。
ときどきたまらなく可愛いことをしてくれるから、どこまでも甘やかしたくなるんだよなぁ、とロックオンはひとりごちた。
妬いてほしい、なんて。
演技じゃねぇだろうな、と少し考えた自分に落ち込む。
ロックオンはモデル業に重きをおいていて、業界が長いわりに演技経験は刹那より少ない。
メディアにでるのは、CMか雑誌がほとんどだ。
一年前にふたりが初めてCMで共演したころ、刹那が主人公の息子役で出演した映画が、海外の賞を受賞して注目を浴びた。
初共演のロックオンだったが、当時の刹那があまり仕事に乗り気でないことが簡単にうかがえて、業界の先輩としてそれとなく注意をしたのだ。
それがきっかけ。
無愛想なわりに世渡りは下手でなかった刹那は、自分の上っ面の演技をやすやすと見抜いた初めての大人に惹かれてしまった。
刹那なかわいい。それはそれは、たまらなく。
キスシーンがあることは、放送直前にメールで自己申告された。
そこでうまく反応を返せなかったから、刹那はふくれているのだ。
ちょうどその日、夕方からオフで家にいたロックオンのなかに「見ない」という選択肢はなかった。
いつそのシーンがくるのかと、なんとなく落ち着かなかったこと。
自己申告メールを見たのに、返信に戸惑った自分になんとも言えない気持ちになったこと。
自分だって仕事でキスなんかしてるのに、という大人でありプロであるロックオンのちっぽけなプライドのことに、刹那は気づかない。
気づかなくていい。
業界に同性愛者は多いが、こんなスキャンダルは最悪だ。
この子供が外の世界に目を向けたとき、背中を押せる自分でいたい。次へ行っておいで、と。
言い訳なんかしなくても、お前と見つめあえる相手のところに。
だって、怖いんだよ。
悪いか。
先のことを考えて動けなくなるなんてバカだと、昔は思っていたけど。
もう、大人だ。
くだらないけど、捨てられないものだっていっぱいある。
愛することだけを大事に抱えて突っ走るなんて、もう無理だ。
「ロックオン」
刹那が上目遣いでロックオンを見つめている。
少し怒っているのは、ロックオンの思考がトリップしていたからだろう。
トリップしても、考えてるのはお前のことなんだけどなぁ。
言えないけどさ。
Fin.
20060624〜