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□四つ葉のクローバーを探して
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1、眠り姫は王子様の夢を見る


コーヒーの香りにふんわりと鼻をくすぐられて、目を閉じたままでも窓から差し込んでくる光の気持ちよさを感じた。

これであの黒髪が視界に入れば言うことなしの朝だ、と重い瞼を持ち上げれば、クリーム色の知らない天井が視界いっぱいに広がる。

どこだよ、と勢いよく身体を起こすと頭がずきずきと刺すように痛んだ。包帯が巻かれていることに気づく。


「やぁ、お目覚めのようだね。待ちわびたよ、眠り姫」


安っぽい演劇のセリフみたいだ、とぼんやりと思ったが、その言葉を発した相手の顔を見てロックオンは凍りつく。

金髪に軍人らしくない整ったしかし童顔は、クリスティナがいつか見せてくれたデータにあった写真とぴったり重なった。
人革、AEU、そしてユニオン。
各勢力の戦うべきパイロットの個人データを、クリスがハックしたのだ。主立った身体データと写真はもちろんロックオンの頭にたたき込まれていた。

グラハム・エーカー。

そう口に出しそうになって、思わず唇を噛んで押しとどめる。
声を録音されるリスクを考えなければ。

「その顔では、私のことはもうご存知といったところか」

敵地に捕らわれたときの最善は、舌を噛むという選択が未だに一般的だ。
さらになんの酔狂なのか、今のロックオンは猿ぐつわどころか、手足を拘束されてすらいない。舐められているのか、とむしろ腹がたちそうだ。

けれど10年近くも死と隣り合わせのところで生きてきたロックオンは、舌を噛むくらいではなかなか死ねないことは経験済みだから、それをあえて実行するつもりなどない。
拷問される前から、わざわざ痛い目に遭おうとするようなマゾヒストではない。

一瞬不思議そうな顔をした童顔の男は、あぁそうか、と合点のいったように頷いた。
「心配せずとも、無粋なことはしないさ。それに、君も判断を見誤るタイプには見えない」
にっこりと笑いかけられて、ロックオンは顔をそらす。食えない男だ。

「・・・どう、なった」
あきらめてロックオンは声をしぼりだした。
CBに生還できる確率はかなり低いけれど、せめてデュナメスや仲間達のことを知りたい。

「君の機体は、残念なことにソレスタルビーイングに回収された。機体ごと捕獲する前にパイロットを拝もうとした私のミスだよ」
援護のフラッグが近くにいるからといって、グラハム本人がコックピットから出てきたというから驚きだ。
名誉の負傷だ、と包帯の巻き付けられた腕を見せるエースパイロットの気が知れない。

ただ、ロックオンが結果的に囮になってデュナメスが回収できたならそれは救いだ。
ガンダムより、マイスターのほうが取り替えがきくのは明らか。

「人革とAEUは失敗。あぁ、ちなみに私を出し抜いて背後から君の機体を奪っていった青いガンダムも無事だ」

無事という響きにほっとため息がでた。
だが、目の前の軍人まで嬉しそうに見えるのはどうしてだろうか。
それに、こんなにぺらぺらしゃべっていいのか。
信用できるのか、それとも何か狙いがあるのか。

「とくにあの青いガンダムとは、また手合わせしたいと思っていたところだ」
グラハムの言葉に、根っからの戦闘バカだな、とロックオンは独りごちた。

「ここは、どこだ」
さっきから気になっていたことを口にする。

防弾ガラスがはめられた窓、簡素な造りから軍内の施設であることはわかる。
だが、ロックオンが寝ているのはパイプベッドではなく木製の暖かみがあるそれで、部屋の隅には小さな本棚もあり、病室には見えない。

「私の私室のようなものだよ」
それ以上の情報は与えてもらえなかった。

知りたいのなら、君の名前も聞かせてもらいたいね、と言われたので黙るしかない。安っぽい偽名もとっさに思いつかなかった。
ロックオン・ストラトスという名前が、この2年で染みつきすぎて。
かつては数え切れないほどの名前を持っていたのに。
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