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□怠惰な熱にピリオド
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携帯の電話帳を上から下へずーっとスクロールして、誰を呼び出そうか考えていた。

今日は身体と心がばらばらというか、身体ばっかりがテンションが高くて「よし今日も健康的にセックスするぜ」という勢い。
でも心はそれに置いてきぼりをくらってちょっとため息をついている感じ。

逆の日ももちろんあって、先週の金曜日なんかは連日酷使した(された?)身体が悲鳴をあげてたのに、したくてしたくてたまらなくて、何年かぶりに行きずりの男相手にタチをやったら妙に手間取って恥ずかしい思いをした。
しかも、やってるうちに疲れてきて、突っ込んで動くのってけっこう大変だしめんどくせぇなぁ、と思ったら萎えちゃったりして。
慣れないことはするもんじゃない。


高校卒業と同時にカミングアウトで勘当された。

予想はしてたから開き直ってゲイライフを謳歌すべく二丁目に入り浸っていたら、いつの間にか知り合いが増えてって適当にヒモ暮らしをしたり、コールボーイみたいなバイトもやった。
けっこう高級なバイト先で、20になったころにえらく金持ちなじいさんの前でひとりでやって見せたら、金だけじゃなくて高層マンションの一室までくれた。
人生ちょろいぜ、と思っていたら、そのじいさんは去年の暮れに亡くなったらしくて、そういう自分の馬鹿さにちょっと凹んだ。
ここの名義は俺になっているので何の問題もない、と喜んだ自分にも。

ろくでもない自覚はあったけど、どうせこんなことができるのはあと10年やそこらで。
いくら色白でもおっさんのネコなんかみんな興味もなくなるし。
だからといってダンディなタチに今さらなれそうもないし。抱くのが疲れるとかいう時点でアウトだし。
こんな軽いやつにパートナーなんか見つかるとも思えないし。

そしたらもうひとり寂しく生きていくかのたれ死ぬしかないんだから、今くらい遊んだっていいだろ。
20代のうちにAVでも出て小金を貯め込んでおこうかな、なんてリアルに考えだしてきた今日この頃。


時刻はまだ20時過ぎ。
店内は薄暗くて、でもそういう雰囲気が押しつけがましくないのでお気に入りの店だった。インテリアだってわざわざ買い付けてくるイタリア製らしい。
あの傍若無人なおっさんに似合わない洗練された店だけど、海外を飛び回って本人がセレクトしてるというからびっくりだ。

ぐるっと店内を見回してはみるが、やっぱり知った顔ぶれはいない。
どうすっかなぁと呟きながら、空のグラスから氷を舌にのせて転がす。歯で噛み砕くと奥歯に少し染みた。
ふいにぶるぶると携帯が震えた。

「やぁ、仕事が今終わったんだが、会えないか」

俺の「もしもし」という言葉を遮って、グラハムからのお誘いだ。
ふたつ返事で了承してもいいけど、こういう心のテンションが低い日にグラハムと良く言えば情熱的、悪く言えばねちっこいセックスをする気にはなれない。
機械的な、ちょっと冷たいくらいのヤツがいい。

「ごめんな、今日はやめとく」
「残念だな。今日は、ということなら明日は期待してもいいのかな」
「んー、せっかちな男はあんま好みじゃねぇんだけど」

苦笑して言うと、グラハムは「では、勝手に期待して待っているよ。明日は店にも行こう」と続けた。
めげない男だ。

グラハムとは、この店で半年くらい前に会ってからの付き合いで。
とことん生活感のない王子さまといったキャラクターが新鮮だったし、グラハムと寝るときは決まって御用達の高級ホテルで、退屈で散漫な日常から抜け出せる気がした。

ゴムだって俺が言わなくても当然のようにつけるし、咥えさせようとなんかしてきたこともない。ゲイのセックスは結構リスキーなのだ。

「相手は誰だい?どうせ今日も店にいるんだろう。バイトの、アレルヤ・ハプティズムといったか。それともコーラサワーか。まさか、オーナーかい?」

「アレルヤとはそんなんじゃないし、コーラは最近女に走ってるらしいし。ほら、あいつバイだろ?」
もしコーラがいたとしても、あいつはナルシスティックなセックスしか知らないからAV俳優並みによがって見せる元気がある日じゃないと付き合えない。

「それは知らなかった。まぁ、私が興味があるのは君だけだからな」
「はいはい。そりゃどーも。あと!オーナーはありえねぇから。あんなサドのおっさんに付き合ってたら身体壊しちまう」
これじゃ一回は寝たってばらしてるようなもんだ、と言ってから気づいたけど、そこを追求してくる男じゃなくて助かった。

でも常に芝居がかったグラハムは、どこまでが本気かよくわからなくてちょっと困る。

「まぁ、今日は飲むだけで帰るよ。腰もダルイことだし」
ちらっと昨夜も男と寝たことを匂わせておく。
軽い独占欲なら気持ちいい関係のスパイスになるけど、それが本気の色を帯びたらさっさと逃げるに限るからだ。
俺が欲しいのは、適度な疲労感と快楽とそれによってもたらされる眠りだけ。

「ヨハン・トリニティだろう。わざわざ君と寝たことを私にメールしてくるような輩だ」
「まじかよ、悪趣味な。・・・もうやんねぇ」
「それが賢明だ」
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