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□このキスのために、僕らは生まれた
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同情でもいいから、捨てないでほしいと思っていた。
実の母親が気持ち悪いと言ったこの瞳に、きれいだと笑いかけてくれた人。
捨てられたらと想像するだけで、心臓が痛かった。
それなのに、温かいだけじゃ満足できないなんて。
俺をこんなに欲張りにしたのは、あんただよ。
ロックオン。
「なぁ、どうした。刹那」
自分の名前なんか、あの頃は忘れていた。誰も、呼んではくれなかったから。
母親を不機嫌にさせるためだけに存在しているような気がしていたあの頃。
あんたが、大事に大事に俺の名前を舌にのせて音を紡ぐから、なんだか自分の名前がものすごく貴重な宝物みたいに思えて。
あんたに呼ばれるために、俺の名前があるような気がした。
だから、それまでずっと誰にも呼ばれなかったと思えば、その想像さえ俺を幸せにした。
なのに、与えられた温もりだけじゃいやだなんて欲張りになって。
それでも、あんたならワガママを全部許してくれそうだって思って。
でも、俺が欲しいのはそれじゃないんだ。
許しや甘やかしが欲しいわけじゃない。
うまくは、言えないけど。
「どうしたんだよ」
黙りこくった俺に、困っているロックオン。
馬乗りになった俺に、骨張った、けれど長い指が近づいてきて、俺の頬をくすぐる。
ほら、まただ。そうじゃないんだ。
「ロックオンの、1番になりたい」
俺の突然の発言にも、俺たちを包む空気は冷えなかった。
きょとんとした後、ロックオンは笑った。なに言ってんだよ刹那、1番はお前だよ。そう、その顔が言っていた。
だから、ロックオンが口を開く前に、俺は先を続けなきゃいけない。
「そうじゃない。ずっと、これからもずっと一生、1番がいい。キスもセックスも、する相手は俺にしてほしい。俺は、きっと、一生ロックオンしか好きになれない」
ずるい言い方だと自分でも思った。
それこそ、甘えている。
でも、どんなにみっともなくても、ほしいものはほしい。温かいだけじゃなくて、熱いものがほしい。
「でも、同情は、いやだ」
そう言って、口づけた。ロックオンの唇は、薄くて俺より冷たかった。
舌をそろそろと侵入させる。舌はびっくりするほど熱い。
これが、俺の欲しかったもの。
でも、ロックオンの顔は怖くて見れそうもなくて、強く目をつぶった。舌をなんとか深く絡めようとしたら、両肩を押された。
「せつ、な」
ロックオンの唇が、唾液でてらてらと光っていた。
それを見て、血液がふつふつと沸き立つ。思わず、自分の唇を舐めた。
俺はぼうっとしていた。
拒否された。でも、俺はもうあの熱を知ってしまった。
お願い。
捨てないで。
「なぁ、刹那」
ロックオンは、息を深くはいた。
右腕で顔を隠しているから、表情はわからない。ただ、声は怒っても、悲しんでも、哀れんでもいないと思う。
「同情は、いやだ。ちゃんと、ほしい」
「それは、わかったよ。聞いてくれ。俺は男で、刹那より背も高いし、力だってある」
そんなこと、わかっている。
「いやだ。ほしい」
まるで、聞き分けのない子供だ。
それでも。ほしい。
他の人なんかに与えないでほしい。まるまる全部、俺のものがいい。
俺は全部、ロックオンにあげられる。
こんな独りよがりさえ愛してくれそうな人なんて、きっと世界中であんたしか見つからない。
「聞けよ、刹那」
またロックオンの手がのびてくる。
柔らかいわけじゃない、男の手だ。俺がほしい手だ。
本当のことを言ってしまえば繋がれるなら、べつに抱かれたっていい。
でも、優しく慈しまれるんじゃダメなんだ。だから、抱きたい。
俺が、こんなにも人を好きだって、ぐるぐるとかもやもやとか抱えながら、でもほしいって、優しくしたいって思えるようになったこと。
他の誰でもなく、ロックオンに知ってもらいたい。感じてほしい。縋るように抱きつくんじゃなく、抱きしめたいんだと伝えたい。