よろづ短篇

□クラスメイト。
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(…風?)
音のした方を見ようとしたとき、いきなりぐっと手首をつかまれた。

「え?…うわっ!?」

つかまれた手首が、強く引っ張られた。痛い、と言う間もなく、つかんだ手の主、日吉くんが走り出した。

「え?え?ちょっ、日吉くん?」
わき目も振らず日吉くんが走るものだから、あたしもとりあえず走るしかなかった。走らなかったら引きずられてしまう。

日吉くんがやっと立ち止まったのは、ぽつんと立つ外灯の下(林の中にこんなのがある時点で、あきらかに「自然」学習じゃない)。
文化部のあたしがよくも日吉くんについて走れたものだ。

息を切らしながら日吉くんを見上げると、日吉くんは顔を片手で覆ってあえぐような息をもらしていた。別に、走るのに疲れたってわけじゃなさそうだけど。

(…具合でも悪いのかな)
そう思って、あたしは声をかけようとした。

「日…」
「い、いまの、なんだよ…」

…はい?
いまだ顔を覆ったままの日吉くんを、あたしはまじまじと眺めた。
今のセリフ、あたしに話しかけた、というよりも、思わずもれた、という感じの声だ。

(『いまの』、って…)
あたしは思い出した。日吉くんがあたしの手首をつかんで、走り出す前のこと。
(あー、確か、がさがさっ、って木が揺れる音がして…)

…って、もしや。
あたしはおそるおそる言ってみた。
「…あ、あの、日吉くん。もしかして、こわかったの?」

言った途端、日吉くんは顔を覆っていた手を離して、ものっすごい勢いであたしを見た。
「そんなわけぬっ…」

…ぬ、って。
かんだよ、このひと。

「…な、何笑ってるんだよ」
「や、別に」
「言っておくけど、怖いんじゃないからな、びっくりしただけだ」
「うんうん」
「笑うな!」
「はいはい」
「だから笑うなって!」

あたしが笑っている理由がわかっているのかいないのか、日吉くんはにらむようにあたしを見てくる。
数分前のあたしだったら、途端に恐れをなしていただろうけれど、もう手遅れ。
だって、外灯の明かりの下、耳まで赤い日吉くんの顔を、あたしはしっかり見ちゃいましたから。

一向に笑いやまないあたしに本気で腹を立てたのか、日吉くんはぷいと背を向けて、ふたたび鳥居を目指してさっさと歩き出した。

「あ、日吉くん、日吉くん」
「…なんだよ」
「痛いから、そろそろ手首、離してもらえるとありがたい」
「…あっ」

その声からして、日吉くんがあたしの手首をつかんだままでいることに気がついていなかったのは明らか。
すぐさま離して、気まずそうにそっぽを向いた日吉くんにあたしは申し出てみた。

「あ、でも怖いなら、手、つないでもいいよ」
「怖くねえよ!!」
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