いつもの事なのに、分かっているのに。どうしてこんなに、

「お前、うざい」

深く傷ついてしまうのだろう―――?













   ありがとう。 









今日もあたしは大好きな棗くんに振り向いてもらうために、
アタックを続ける。なんと今日はクッキーを朝から作ってきたんだ。
自分でも驚いてしまうくらい上手にできちゃって、あたしは
ルンルン気分で教室に入る。いつもと同じ、朝の空気。
入ってすぐに挨拶してきたのは、委員長と今井さんと……、


「あ、パーマ!」


佐倉蜜柑。


「あーら、佐倉さん。今日も無駄に元気ね〜」


あたしは憎ったらしい口調で挨拶を返した。そうしたら
いつものように佐倉さんが怒って何かを言い返す。
まったく、面白いものだ。最初の頃はこいつが大嫌い
だったけど、最近はそうでもない。まぁ、好きではないけど。
あー、でも棗くんや流架くんといちゃいちゃしてるのは気に食わない!
もう、腹立つ!あたしはずーっとずーっと前から好きだったのに。


「あ……棗くん!」


そんな事をぶつぶつ頭の中で考えていると、棗くんが教室に入ってきた。
風になびく髪がこれでもかってくらい爽やかだった。いつものように
ちょっとアンニュイな感じも、かっこいい。


「あ、棗おはよう!」
「…………あぁ」


すぐに挨拶をしたのは佐倉さん。もう!あたしが最初に言いたかったのに!
むかっと顔を一瞬しかめて、棗くんにあたしも挨拶する。


「おはよう、棗くん!今日もすっごいかっこいいわぁ〜!」
「…………」


シカトか!まぁ、いつもの事だからいいけど。ふふ、それも彼の魅力だし。
クールで、暴言吐いたりするけれど、誰よりも強くて大人なんだもん。
もしあたしが同姓でも、棗くんに憧れていただろう。
あたしの想いは軽いものじゃない、そんじゃそこらの女共とは違うんだから。
流架くんも好きだけど、やっぱり本命は……棗くん。


「あ、ねぇねぇ棗くん、これ昨日作ったんだけど……!」
「…………?」


よし、言えた!あたしは鞄の中に隠しておいたクッキーを見せる。


「よ、よかったらどうかしら?あ、流架くんも!クッキーなんだけど、すっごい美味しいの!」
「えー?それパーマが作ったんやろ?うげー……」
「蜜柑、嫌な顔しないの。パーマが怒るわよ」
「誰がパーマじゃッ!まぁあまりがあるから、佐倉さん達にもあげてもいいわよ?」
「もらえるものはもらっておくわ。ねぇ蜜柑?」
「そうやな〜、仕方ないからもらってやるわ」
「ちょっとまてそこのツイン!」


あたしが佐倉さんとギャンギャン吠えていると、棗くんが何かを呟いた。
その声をあたしは聞き逃してしまったのだけれど、何故か
流架くんが棗くんに申し訳なさそうに手振りをしている。あれ、何?
佐倉さんも気づいてないみたいで、あたしに暴言を吐いているけど。


「……ねぇ」
「え?何、棗くん?」
「いらねぇよ、そんな菓子」


棗くんが吐き出した言葉に、あたしの頭がクリアになった。


「ちょっと棗……」
「それ、お前が作ったんだろ?いらねぇよ、誰が食うか」
「な、棗!?ちょっとそれはひどいで!パーマに謝らんかい!」


何かが胸の中で疼いた。これ何?何でこんなに痛いの?
棗くんはさっき何て言ったの?いらないって言ったの?

あれ、それいつもの事じゃない。

拒絶されるのはいつもの事で慣れている。でもこれは違う。


「な、つめ君……」


何を言えばいい?


「あ……ごめんなさい!もしかしてクッキー嫌いだったかしら?また今度違うの、」
「いらねぇって言ってるだろ」

いつもの事。でも何か違う。棗くんの言葉には棘がある。
痛い、痛いよ、そんな顔を私に向けないで。


「お前、うざい」












「はーい、授業始めますよ〜」


いつものように授業が始まった。先生はパーマがいない事を気にしていないみたい。
ひどい、何で誰も何も言わないの?!棗が恐いのか…?何にしろパーマが可哀想。
ウチはそりゃあパーマの親友とかじゃないけど、友達や。
まぁ、パーマはそう思ってないと思うけど。たいくつな授業、ウチは密かに棗に怒りを覚えた。

どんな人だって 好きな人に傷つけられたくない。

ウチだって棗にあんな事言われたらショックで泣き出してしまうだろう。
だって、好きだから。クリスマスのあの事件以来……ううん、多分その
前から、ウチは棗に恋心を抱いていたんだ。棗がどうかは分からないけど。


「なぁ、蛍」
「何よ、授業中よ」
「パーマどうしたんやろ?」


一瞬の沈黙。


「分からないわ……」
「部屋で泣いてるんとか?ウチ、次の授業休んでパーマの事探すから」
「蜜柑……」
「だって許せない、パーマが可哀想や」
「ねぇ、」
「何や?」
「……いいえ、何でもないわ。先生にはうまく言っておくから、行ってきなさい」


蛍は複雑そうな顔をした後、そう言ってくれた。もしここで「だめ」
なんて言ったら、ウチは何もしなかったはず。ほおっておくって事も、
気遣いってやつだ。ウチがやろうとしている事はただのおせっかい。
分かってるけど、ほおっておけないよ。辛い時は、ウチは誰かに傍にいてほしいから。

蛍がいつでも ウチの傍にいてくれてるように―――。


「ありがとうな、蛍」










さっきの言葉を思い出すと、本当にどうしようもないくらい辛くて、
知らないうちに自分の手首を爪で傷つけていた。ほんの少し血が滲む。
あぁ、あたしってば何やってるんだろうか。


「…………」


寮に閉じこもってじっとしているあたしは、他人から見れば
気色悪いことこのうえないだろう。初めて味わった絶望。

ひどい、ひどいよ棗くん……!

ずっと前から見ていた、大好きな人。朝は本当に楽しかったな。
棗くんの事を想うと、どんなものでも作れちゃいそうだよ。
それくらい、好きなのに。ひとりよがり、どうにもならない。

最近の棗くんは佐倉さんに恋をしてる、気がする。
ううん、絶対してるよ。でもそれが何?好きな人が自分じゃない
それが何なの?だからってそれだけであたしの気持ちは変わらない。
佐倉さんが悪いんじゃないの、でも今はすごく憎たらしい。
あの子さえいなければ、あたしはあんな思いを……ッ!

ギィ―――……

扉を開ける音がした。














「なんちゅう顔してるんや、パーマ」
「さ、佐倉さん…!?」
「まったく、授業はちゃんと出なきゃだめやろ?」


なんて、ウチもそうなんやけど。パーマはやっぱりすごく驚いた
顔をしている。その瞳には沢山の涙。それからプイッと
横を向いてしまった。プライドが高いパーマの事だ、
泣き顔なんて誰にも見られたくないだろう。


「……な、にしにきたのよ……ッ!」
「別に、パーマが泣きながら出てったから心配しただけや!ほら、戻ろう」
「……ッ!心配なんていらないってば!」
「……もう!あんたは何でいつもいつも自分に嘘をつくん?!」
「嘘なんてついてないわよ!」
「ついてるやんか!本当は違うやろ?悲しいんとちゃうの?」


馬鹿だ、ウチは馬鹿だ。知ってるよ、だから馬鹿を演じるんだ。
ウチ等にシリアスは似合わないから。いつものようにギャンギャン
言って、それでパーマが元気になってくれれば、いいなって思う。

でも何故だろう、予定とは違って。逆に傷つけてしまっている。

この気持ち伝えたいのに。確かにあんたは傷ついた。でもそれで
分かった事があるんじゃないの?棗にどうしてほしいかを。

拒絶されるの 嫌なんでしょ?


「なぁ、パーマ。仕返ししよう?」


ウチがその後続けた言葉を聞いて、パーマは笑顔で頷いた。











「なぁ棗、話があるんよ」
「………何だよ?」


ウチが呼び出したのは体育館の裏んとこ。告白の定番場所。
棗はポケットに手をつこんで、いつものようにクールなかまえをしている。
ふふ、それも今のうちだけ。笑顔を押し殺して、ウチは言う。


「棗、あんなウチ……」
「…………」
「棗の事、好きなんや……ッ!」


一瞬、棗が動揺したように見えた。よし、このままいけば順調に進む。
ウチはうるっとした瞳で、棗をじいっと見つめる。ちょっと前に
蛍からもらった雑誌には、男子は上目ずかいでうるうるに弱い
と書いてあったから。棗もこれには弱いだろう、多分。


「お前……」
「お前じゃなくて、蜜柑って呼んで欲しいな…?」
「…………あ」



ドカンッ!



一瞬の出来事、ウチはぶはーっと噴出してしまった。何でかって?
それは―――、


「いってぇ……」


棗の頭に大きなたらいが落ちたから。







「棗ってばかっこわるぅ〜」
「……お前!何するんだよ?!」
「あー暴力反対!―――パーマ!」


あたしはニヤニヤ笑いながら、今の状況を見ていた。
ちゃっかり写真に今の状況を収めておいたんだ。
棗くんの頭にはほんのすこしたんこぶが。へぇ、あのクールな棗くんがね?


「な……ッ!?」
「あれ?棗くん、どうしたのかしら?」
「パーマー、今の見てたぁ?棗ってばすっごいかっこ悪かったやろ?」
「見たわよ〜。あー面白かった」


あたし達の笑い声が、途切れることなく響いていた。


「目には目を、歯には歯を……復讐には復讐を♪」








あれから約1月、棗くんはあたしにほんの少しだけ優しくなった。
実はあの後、棗くん謝ってくれたのよ。何でクッキー受け取らなかったの?
って聞いたら、黙っちゃったんだけど。今になってみれば、もしかして
棗くんクッキーが嫌いだったのかもって思う。いつだか委員長が同じように
クッキー(だっけ?)を持ってきてたら一人だけ食べてなかったし。
そう思うと棗くんに悪い気がしたけど、今の生活が嬉しくてたまらないから
何も言わない。あー、そうだ。あれから佐倉さんの事を、あたしは蜜柑って
呼ぶようになった。蜜柑もあたしのことスミレって呼ぶんだ。
なんか少し恥ずかしいけど、笑ってしまうくらい、それって幸せなんだ。


「―――ありがとう、蜜柑」



3月に吹く風は、どこまでも優しかった。








あとがき

雪葵様のリクエストで、スミレ+蜜柑の友情物語……になってるのか……?
なんか蜜柑もスミレも黒いです。でもそんな二人が好き。
そしてどこまでも棗が悪人w棗腐ァン……いやいや棗ファンの方々には申し訳ない
内容ですが、こういう女の子の友情ってのはどこまでも無敵だと思うのですよ。
是非本編でも仲良くしてもらいたいところです…!あー、+蛍もいいですね。

雪葵様、リクエストありがとうでした。


(20060904)






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