生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□2週間の先生
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「……」
黙ったままの教生に、和谷は最初の一言を惑った。
「えーとさ、……昨日は、ごめんなさい!」
ぴょこっと頭を下げる。
「……別にいいです。授業が始まるから、早く戻りなさい」
あっさりと、伊角はきびすを返した。引かれる様に和谷が階段を下りる。
昨日と違う言葉遣いと声に、どうしようもない距離を感じたのだ。
「先生っ」
立ち止まるけれど振り向かない背中へ、
「あの……でもやっぱり俺、先生をすごいと思うよ」
和谷は本心から言った。
最初の印象からかけ離れた厳しい世界を、彼はくぐってきていた。例え競争には負けたとしても、和谷にとっては眩しい存在である事に変わりなかった。
伊角は何も言わず行ってしまう。
「……おれ、……」
冷たい黒い髪が角を曲がってから、和谷を後悔が襲った。
考えなしに、バカな事を言ったかも知れない。彼の傷をまたえぐる様な事を。




伊角は職員室へは行かず、男子トイレの個室に入って鍵を閉めた。
「……」
心が、騒いだ。
洋式便器に腰を下ろすと、自然に涙が出てきた。
「っ……」
初めてだった。幼い頃の夢を諦めた日から初めて、伊角は泣いた。
あの男子生徒があっさりと思いがけずくれたのは、誰も言ってくれなかった一言。優しい言葉。
それで全て許された気がした。それだけで、自分を否定し続けなくても良いと思えた。
涙が止まらないが、予鈴は猶予なく鳴る。
「……行かなきゃ」
洗面所で顔を洗い、アイロンのきいたハンカチで拭いた。鏡に映る目は少し腫れて赤い。
1限は少年と顔を合わせないで済むのが、せめてもの救いだった。今あの笑顔を見たら情けない事になりそうで。
「伊角君こんな所にいたのか。授業行くぞ」
教科書と名簿だけ持った楊海が入り口から呼んで、
「……どうした」
伊角の顔を見咎めた。
「何かあったのか」
「いえ、」
心配はいらないと、教生は笑む。
「目に、ゴミが入ってしまって」
「……そうか」
指導教員は顔をしかめたがそれ以上聞かず、
「さ、今日も頑張るぞ」
明るく伊角の肩を叩いて引き寄せた。




**************
和谷の言った様な言葉に反発を覚える人もきっといるでしょうが、伊角さんはかろうじてそのタイプではないかなあと。素直に素直に。
楊海先生はバツイチ子持ちです(笑)。
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