生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□お願い☆先生
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「キスしていい? 先生」
唐突にその生徒―和谷義高は切り出した。
「皆、帰ったし」
確かに放課後の化学実験室には二人の他いないのだが、新任の教師は正しく同性の教え子から距離を置いた。
「学校じゃそういう事しないって言っただろ」
部活用具を片付ける振りをして逃げると、
「学校でしなきゃいつするんだよ、伊角センセ」
和谷は食い下がる。
「いつって…」
まともに受けて、教師―伊角慎一郎は困惑した。リノリウムの床に碁笥の蓋を取り落とす。
「せっかく両想いになったのにさっ」
転がった蓋を和谷が取り上げた。
「ここんとこデートもしてないじゃん、俺達」
不満をぶつける和谷の目線が、自分とほぼ同じ高さなのに今更気付いて、伊角は密かに驚く。教育実習生として初めて出会った時は、まだ子供の匂いがしていたというのに。
「…悪い、俺が…忙しいからって」
決してないがしろにしていた訳ではないが、毎日学校で顔を合わせるだけで安心していたのは事実だ。
「…分かってくれればいいけどさ」
和谷は拾った碁笥の蓋を渡して、伊角が無防備になる瞬間を狙った。
「っ!!」
無理矢理に伊角の背を窓に押し付け、その襟元を掴んで口付ける。
校舎の端にも、吹奏楽部の音合わせが聞こえ始めた。伊角は甘みから我に返って、
「和、谷っ」
舌を入れられる前に学ランを押し返す。
「お前っ…」
二の句が継げず、睨むと、思いの外強気の瞳とぶつかった。
「怒った? 先生」
伊角が肩にかけた手を、和谷が掴んで返す。その手のひらの熱さは、スーツの上から伊角をさいなんだ。
「先生が好きだって…言いたかったから」
和谷は強引さを謝らない。
「…嫌だった?」
こんな風に好意をあからさまにされて、伊角が何か言える訳がなかった。真剣な瞳に、最初から負けているのだ。
「…バカ」
けれど、はっきり敗北を認められない。年長者としてのプライドが許さない。
歳の差を気にしないと言いながら、教師である立場共々こだわる自分が、伊角は歯がゆかった。
「…っ! 伊角、センセ…」
今度は和谷が瞠目する。
「おあいこだ、和谷…」
意を決した伊角からの、かすめる様なキスは、和谷を有頂天にした。
「も〜っ、先生だいすきっ!!」
力いっぱい、和谷は伊角を抱きしめる。
「こら、やめろ…」
はねつける言葉に威力はない。オレンジ色の夕日が長く二人の影を落とすのを、伊角は和谷の肩越しに見た。
この生徒はどこか柑橘系の匂いがすると、
「…俺も、和谷が…」
伊角は暖かさに酔う。何かつけているとしたら、校則違反ではないだろうか。ぼんやり思うが、抱きしめられる心地よさに逆らえない。
カランと転がる音がして初めて、自分が今の今まで碁笥の蓋を手にしていたのだと知れた。
「いすみ、センセ…」
伊角の髪を柔らかくすき、和谷はもう一度キスをしてみる。するとやはり、伊角より僅かに背丈が勝っている気がして、
「ね、せんせ…」
喜びを報告しようとしたその時。
「…ナニやってんの」
同級の女生徒の声が響いた。
「っ!!」
振り向いた瞬間、和谷は伊角に胸を突かれる。勢い余って実験机の一つにしたたか腰を打った。
「〜っ、痛ぇ…っ」
「…奈瀬、…どうしたんだ」
蒼白な顔の口元を片手で覆い、平静を装って伊角が尋ねる。
「…今…何してたの」
音もなく開けた引き戸に立ち塞がって、奈瀬明日美は追求した。
「もしかして抱き合ってた?」
「…まさか。そんな事ある訳ないだろ」
囲碁部の顧問教師は、適切な間を取って答える。笑みはぎこちないが、奈瀬からは逆光で見えにくいと期待した。
「奈瀬こそ、どうしたんだ」
反問で切り返す。
奈瀬は不審をあらわに、
「…飯島くんがまだいないかなーと思って」
探しにきたんだけど、と、和谷をねめつけた。
「…帰ったよ、もう」
和谷が渋々教える。
「大体、今日は奈瀬来ないんじゃなかったのかよ」
「悪かったわね、来て。和谷、あんた…」
「…何だよ」
何を言われても誤魔化せるという自信はなく、和谷は思わず後じさる。
「先生にセクハラしてたんじゃないでしょうね?」
「…」
内心、当たらずとも遠からずか? と思った伊角だったが、セーラー服の少女にそれを告げる事はしない。
「されてないよ、そんな」
和谷も我が意を得たりとばかりに、
「そうそう、何もしてねぇって」
手を振り回した。
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