生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□先生といっしょ☆
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「博多長崎熊本って…」
「何で海外じゃないのー?」
「別にいいじゃん、去年なんかシンガだったけど台風来て…」
「ご当地限定のアレ、」
ここで「静かに!」と話を始めても、誰一人聞く訳がない。ないが、連絡事項は片付けなければならない。
教師は使命感だけでハチの巣状態の教室を見回し、声を張り上げた。
「配った用紙に保護者から印鑑をもらってくる事ー、いいなー、来週の…」
「伊角せんせー、グループ決めってさ、」
「私、九州におばーちゃんいるんですけどー」
高校生活最大の行事だ。浮足立つのも、経験上分かる。
しかし、自分の頃はここまでひどかっただろうか。経験上、というのはほんの5、6年前の話なのだが。
「詳しい事は明日…明日、桜野先生から…」
副担任の叫びはむなしく35人のしゃべくりに吸い込まれた。隣のクラスの解放も相まって、収拾不能になる。
「…じゃあ、また明日」
伊角は諦めて解散を告げ、学級簿と共に教室を出た。部活のため我先に飛び出していく生徒も、今日は殆どいない。
校舎の真ん中に位置する混んだ階段を降り、職員室へ向かう。少し緊張しているのは、後ろから抱きつかれて転びそうになった事が多々あるからだ。
「せんせーっ」
案の定、良く知った声が追ってくる。階段で捕まっての怪我を避けるため、伊角は急いで1階へ降りた。
「伊角せんせってば!」
教師のそんな気づかいも知らず、男子生徒はいつも通り勢いよく背後から被さってくる。
「せーんせっ!」
「こら和谷…っ」
「お疲れさまっ」
背伸びをして伊角の背にしがみついた少年は、笑って労いを言った。
ごくたまに伊角がHRを受け持つと、レーダーでも付いているかの様に必ず彼が追ってくる。
「和谷、放せっ」
「やあだー、今日国語なかったから伊角先生に飢えてんだもん俺」
「重い、歩きにくい、近寄るな」
「ひどっ、こんなに先生のこと愛してるのにっ」
振り払うと、長い渡り廊下に和谷のオーバーな声が響く。
「ねっ、伊角せんせ?」
そして、人目も気にせず、かすめる様に伊角の耳たぶにキスをした。
「…っ!」
伊角は身をビクンと縮めてから、我にかえって怒鳴る。
「和谷!」
「ごちそーさまっ、俺部室行ってるねっ」
少年はチロッと舌を出し、軽そうなリュックと一緒に跳ねながら去った。
「あいつ…っ」
顔のほてりがひかない。和谷のクラス担任でなくて本当に良かったと、伊角は思った。
今だってこんな調子でいて周囲にバレないのは、ひとえに自分の努力と節制のたまものだ。いや、実は和谷のソツのなさもかなり寄与していると、伊角は分かっている。
いくら大っぴらにベタベタしても、和谷のキャラクターが伊角との禁断の関係を見せない。緻密な計算の上か、伊角を困らせない為に。
「ずるいよな…」
伊角はため息をついて職員室に入った。和谷の器用さが羨ましいと最近つくづく思う。
「ああ伊角先生、ちょっと」
書類を積み上げた机の向こうから、学年主任の森下が呼んだ。
「何でしょうか」
森下は和谷の担任だ。
伊角は身構えて、窓際の誕生日席に出頭する。
「10月の、修学旅行だがな」
「…はあ」
意外な話題に拍子抜けした。副担任である伊角は修学旅行に参加せず、留守番の予定だ。
「引率をもう一人増やそうという話になってだな…」
煙草くさい息を苦そうに吐いて、森下は言う。
「伊角…先生はどうかと」
「え…?」
「ぶっちゃけて言うとだな、夜間の見張り…じゃなくて監督要員、が足りねえんだ」
確かに、引率教師には若手男性が殆どいなかった。
「私は、全く構いませんが」
伊角は上司に対しては一人称まで丁寧にしている。
「まあ、大変だと思うがな。これも経験だ」
「はい。宜しくお願いします」
頑張って、と苦笑いする同僚達に会釈し、伊角は高鳴る胸を抑えて席についた。
(ええと…)
午後にした小テストの採点その他は持ち帰ってもいい。それより、早く、和谷に知らせなくては。
「…囲碁部の方、見てきます」
隣席に断りを入れ、伊角は職員室を出た。
ひやりとした西風が、サッシ窓から流れてくる。秋の夕方はどこか寂しい感じがするけれど、今日は違う。
「…やったっ」
伊角は小さくガッツポーズをして、恋人の喜ぶ顔を見るために急いだ。
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