生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□先生のバレンタイン☆
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バレンタインは、休日より平日に限る。
 例え恋人がいても。
「大漁大漁〜」
 和谷はこれみよがしに、化学室の机に袋を置いた。わっと囲碁部員が集まる。
「義理ばっかじゃねーの?」
「違げーよ、進藤こそいくつだよ」
「俺ー? 多分これから増えるもん。あかりからもまだもらってないしー」
「いいなー和谷。一個くらい分けろよー」
「ダーメ。愛の詰まったものですから」
 割と甘党な和谷はチョコレートが好きだ。しかし友人たちの羨望の眼差しはもっと好きだ。
 モテるかモテないかというのは、高校生男子にとって非常に大事な階級付けの要因だ。
「お疲れさま」
 そこへ、部長のアキラがやってきた。挨拶もなしに、ヒカルがいきなり訊く。
「塔矢っ、いくつ?!」
「……何が」
「ごまかすなよ、チョコ!」
 期待の目で見る同級生に、アキラはあからさまに嫌な顔をした。
「ああ……いくつか数えてない」
「っ、すげー……」
 大きな紙袋は3つあった。その袋も、女子生徒が競って進呈したものだ。
「……バレンタインも勝ち組・負け組がはっきりしてるな……」
「か、格差社会だ……」
 唖然とする部員をよそに、ヒカルはアキラにチョコレートのおすそわけをねだっていた。
 和谷は面白くない。負けは明白だった。アキラは文武両道で学校のスターなのだから別格とはいえ、気に入らない。囲碁も負けっぱなしだ。
「こんちはー」
 一日女神(女子部員)たちが来て、化学室はより一層盛り上がる。義理を手早く渡し、
「ホワイトデーは3倍返しね!」
奈瀬が念を押した。
「ありがたくねえなー」
「和谷っ、そんな事言うんじゃない!」
 引退したはずの3年生の本田が叫ぶ。同じく飯島がうんうんと頷いた。
「お、やってるな」
 顧問の冴木が、化学教員室から顔を出す。コーヒーの匂いが漂ってきた。
「先生はいくつもらいました?」
 義理を渡して、奈瀬が好奇心で訊く。
「んー去年より少ないかな」
 ハハ、と笑うイケメン教師の表情から、2ダースは堅いと男子部員達は踏む。しかも、義理に紛れた本命が多そう。
 チョコレート・レースは終盤にさしかかっていた。騒ぎで誰も気づかなかった、その人の来訪に和谷だけが気付く。
「先生っ」
「……部活してないのか」
 当惑した顔で、伊角は部屋を見渡す。
「バレンタインだもん、それ所じゃないって」
「そう……か」
「先生は貰った?」
 まあ義理をいくつかは。という答えを期待して、和谷は尋ねた。
「……」
 しかし、沈黙の後、逆に問い返された。
「和谷は?」
「俺? えーと」
 傷つくだろうか。下級生からのものには本命もある。
「……まあ、そこそこ」
「和谷はモテるからな」
 伊角が微笑んだ。
「ね、先生は?」
 いたたまれず、和谷はもう一度訊いた。
「……義理をいくつかは」
「そっか」
 ほっとした。だが、
「本命が……一つ」
続けられた言葉に和谷はぎくりとする。
「その、……言うべきかと」
 和谷の表情に伊角は失敗を悟った。嘘をつきたくない、教師としてつくべきではないという思いが、裏目に出たのだ。
「へえ、ふーん、すごいじゃん」
 何がすごいのかわからないまま和谷が反射で言う。
 数の多さなんか関係ない。その本命一つが、重い気がした。
「でもちゃんと、断って……返した」
「ええ?! 何で?!」
「何でって……もらえないだろう」
 お前と付き合ってるんだから。小声で言って、伊角が赤面する。
「好きな人がいるからって、言って?」
「……」
 無言で頷く。ひどくかわいい。今すぐ抱きしめたい。
 一方で、本命チョコをせっかくだからと貰ってきた自分のいい加減さを、和谷は恥じた。伊角の真摯さを、尊いと思った。
「……もらっておいた方が傷つけないで済んだかも知れないけど」
 伊角は伊角で悩んでいる。
「そうかな……」
 何が優しさかわからない。チョコレート一つで、結構な苦悩になる。
「……ま、とりあえずさ、本命は一つでいいよね?」
「……」
 にっこり手を差し出した和谷に、伊角は目を丸くした。
「あるわけないだろう!」
「……ですよねー……」
「女の子がやる日なんだぞ」
「外国じゃどっちでもいーんだよー?」
「ここは日本だ」
 そもそも、今日がバレンタインなのだと義理チョコを渡されてから気付いた伊角は言う。
「じゃああげないー」
 和谷がポケットから小さな包みを出す。
「……っ」
 伊角は絶句して、参った、と呟いた。
 やはりバレンタインは和谷の勝利だった。



⇒End。。。

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