生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□先生と観覧車
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 その日を祝うのに場所はあまり関係がなかった。ただ、彼がいて観覧車があれば、それで。


「せ……」
 先生、と叫ぼうとして、和谷は飲み込んだ。ただ手を振って、走って行く。
「待った?」
「いや」
 スーツでない教師を見るのは変な感じだ。そう言うと、
「俺も、制服じゃない和谷を見るのは何か」
緊張がほぐれたのか伊角は少し笑った。ジーンズは彼を近く感じさせる。
「行こ?」
 心が跳ね飛びすぎて、痛いくらいだ。
 誕生日のプレゼントは何がいいかと聞かれて、和谷は「一度でいいから遊園地でデートしたい」と即答した。恋人が渋るのは分かっていたし、断られる覚悟もしていたけれど、かなりの迷いの後に何とかオッケーが出た。
「小学校以来だ、後楽園なんて」
 チケットを買って入場してから、歓声の響く絶叫マシンを見上げて伊角は呟く。
「うそっ、プールとかもあるじゃん!」
「プール……高校の体育から入ってないな。海も」
「へえー」
 行っていたと言われたら、誰と一緒だったのかが気になる所かも知れない。
「じゃあ今度行こ! 囲碁部の連中と一緒にさ」
「ああ、今度」
 国語教師はふと後ろを振り返った。明るい音楽と子どもやカップルの高い声で園内はいっぱいだ。
「……大丈夫だよ」
「なにが」
 楽しい時間を、心配していると見せて曇らせたくない。そんな配慮は、聡い生徒には見え見えだった。
「見つかんないよ」
「……」
 伊角がごめんと思わず口にすると、
「生徒と遊園地に行って何も悪いことないって。オレが女の子なら別だけど」
ポジティブ論理が出てくる。
「男同士で良かったね?」
 舌を出して。
 教師は何と答えれば良いのかわからず、まともに明るい瞳を見つめてしまった。是とも否とも簡単に言いたくなかった。
「……手も、つなげないのに……」
 和谷の眉根が上がる。
「じゃ!」
 意識する前に、ぐいと引っ張られた。手を、つかまれて広場を横切る。鼻先を屋台のフランクフルトの匂いがくすぐる。
「わ、和谷、待て、ちょっと……」
 あまりにも恥ずかしいと、伊角は振り払おうとしてできない。
 傷付く顔は見たくなかった。今日は特に、彼の誕生日だから。
「なあに、慎一郎」
 そんな伊角の思いを余さず無駄にせず、生徒は先に立って満喫することにした。
「っ、和谷!」
「ここじゃ先生って呼べないもん」
「だったら名字、が普通だろう」
「女子には呼ばれてるじゃん、慎一郎」
 最近何故か人気の上がりつつある教師を、まずジェットコースターに座らせる。
 意外なことに伊角は絶叫マシンに強かった。むしろメリーゴーラウンドやカップソーサーを恥ずかしがって逃げようとしたりするのに生徒は手を焼いた。
「……何だか、子どもみたい、慎一郎」
 子どもみたいなのはお前だと、教師はソフトクリームがついた頬を白いハンカチで拭ってやる。
「だからやめろその呼び方」
「先生もオレのことヨシタカって言ってよー」
「それは……クセになって学校でもつい呼んでしまいそうだから、やめとく」
「……うわああ、どうしようそれ」
「え?」
 和谷が悶えて、ワックスでセットした髪をグシャグシャにするのを伊角はぱちくりと見た。
「いいなあ。つい呼ばれてみたい」
 次にいつ名前を呼べるか、分からない。卒業したら、いつか立場は関係なくなるだろうか。ただの恋人同士になって、普通に道を歩けるだろうか。
 日の長い夏も、いつかは夜の準備をし始める。
「……観覧車乗りたいー」
「いいよ」
 これが最後のアトラクションだと、互いになんとなく分かった。
「まだ上がる……」
「すげー」
 光をともしだした遠い高層ビル群や、夕闇に沈む皇居の森を見る。来て良かった、と、教師は教え子の横顔に思う。
「てっぺんだよ、そろそろ」
 ゆっくり空に近づくゴンドラは、時計の針と同じにタイムリミットを示した。あとは降りていくだけ。
 いつまでも上りだったら良いのに。
「和谷」
 いつまでも二人でいられたら。
「っ?!」
 頬にキスをされた和谷が驚き、ゴンドラを揺らす。
「先生……っ」
「……ごめん」
「……てか、オレからやるつもりだったのに」
 嬉しさと不満で、和谷は仕返した。口唇に。
「……誰も見てないよ」
 こんな、空の上だから。
 向かい合わせで手を握り合って、残り時間を過ごした。これまでの人生で一番幸せで、一番切ない誕生日の夕方だった。





 卒業したら、お台場にも富士急にも葛西臨海公園にも行こう。
 世界一の観覧車を探しに。




⇒End。。。

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