ワヤスミ本家

□Birthday
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4月生まれは誕生日を忘れられやすい。
正確には、祝い損ねられやすい。進学・進級その他のゴタゴタが落ち着き、『誕生日は?』と訊かれる時には、とうに過ぎているのだ。
「誕生会って歳でもないんだけど…」
誕生日を祝ってくれるのは家族だけだった。院生の友人ができるまでは。
「ふぅーん…」
「あ、昼間は…、昼間なら空いてるんだけど…」
『だけど』が続く。そっぽを向いて、既に氷しか入っていないファンタのストローをもて遊ぶ和谷に、伊角は焦れた。
「昼は俺、仕事かも」
「…そうか」
それ以上は何も言えない。
「…やっぱり、いいよ、まあ」
伊角は要領を得ない言葉を連ね、
「その…家族には後ででも」
和谷を大事にしたいと、直接には言わない。
夕方のマクドナルドは中高生で溢れている。
「でも約束したんだろ、弟さんと」
制服の少女に和谷の視線がいくのに、伊角は紙くずをまとめだした。
「約束って言うか…」
「先約だろ」
これまでも伊角は『友人』との付き合いを優先したことがままあった。それでも同年代の男と比べると、家族を大事にする度合いが高い方かも知れない。
「…なんてね」
和谷が溶けた水をストローで飲み干す。
「そーゆーコトならしょーがないじゃん」
ことさら明るく言った。
「あーあ、もっと早く伊角さん予約しとけば良かったなー」
「…和谷、」
「まあでもさ、あと何年かだろうし」
「…?」
「おにーちゃんの誕生日を楽しみにするとかさ」
「…ああ、…そうだな」
言われてみて、その時が来るのが寂しい気もする。
「ま、その後はずっとずーっと俺のリザーブって事で?」
和谷がおどけて首をかしげた。
「…ごめんな、和谷」
年下の恋人に我慢を強いてしまったと、伊角は申し訳なさで頭を垂れる。
「いいよそんなの。それより」
和谷はテーブルの下で伊角の手を捕まえた。
「指切りして。俺の誕生日は一日中一緒にいるって」
「…当たり前だろう、そんな」
端の席でも周りの視線が気になり、伊角は手を引っ込めようとする。勿論和谷がそうさせない。
「だって前、お盆だからって田舎に行ってた事あったじゃん」
「…いつの話だ…」
少なくとも二人がなさぬ仲になる以前だ。
「ね、指切り。お願い」
伊角は、ねだる仔犬の瞳と負い目に負けた。テーブルの下で小指を組み、和谷が小さく囁き歌う。
「誰も見てないよ、こっちなんて」
伊角は顔を上げられない。
「もう放せ」
解放されない指が怖い。外でこんな触れ合いをする事、或いは和谷に執着される事に、慣れてしまいそうになる。
「伊角さんのケチー」
温もりは去った。
「じゃあさ、いつならいい? 前日は? そんで、俺んち泊まればいいだろ」
こんな幸せな時間に怯えるのは、自分でもおかしいと伊角は思う。いや、幸せだからこそ、それを失う事を考えてしまうのか。
「前日は…どうかな。次の日仕事なんだろう?」
「いいじゃん別に」
「遅刻したらどうするんだ」
「遅刻する様なコトしようと思ってるんだ?」
和谷が頬杖をつく。
いたずらっぽく笑みを浮かべる和谷は、着実に変わっているのだ。
「徹夜対局しよう」
「またまたぁー」
以前なら、会えない事をもっとごねたかも知れない。今は伊角を困らせまいとする気配りが育っている。
「プレゼントは? なんか欲しいもんない?」
「…ないな」
「言うと思った! ねーホントに何もないのかよ伊角さん〜」
毎度の事だが、伊角の物欲の薄さには閉口する。
「いいよ、何でも。和谷のくれるものなら」
「マジで何でもいい? 俺、自分にリボンつけちゃうぜ?」
「は?」
「いつでも和谷プロと打てますってさ」
他のサービスも色々と、という和谷の解説を聞かず、
「却っ下!」
伊角は席を立った。
「ちょっとトイレ」
「伊角さん戻るまでにプレゼント考えとく」
「もっとマシなの考えてくれ」
と言われても、気持ちを表すにはやはり、買ったモノでは頼りない。
きっと伊角は何を贈っても喜んでくれるだろうけれど。いよいよ自分にリボンを架けるかと、和谷は頭を抱えた。
(…あれ? 伊角さんの…)
鞄の外ポケットが振動し光を放っている。
差し向かいの席のそれを思わず取り出し、
「…メールだ」
銀色のボディの小さな液晶を見た。
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