ワヤスミ本家

□Sunnyday
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『伊角さん大好き』
携帯の画面を見て、伊角はため息をついた。
「…分かったって。もういい加減にしろ」
「だあーって。まだまだあるんですけどー」
和谷が脚を伸ばして伊角の背に寄りかかる。
再び伊角の携帯が震え、
「…全く」
喧嘩別れの期間中、和谷が送信ボックスに溜め込んでいたメールが届いた。
『伊角さんめちゃくちゃ大好き! 会いたいよー(;_;)』
「…何て実のない…」
「あっ、そういう事言う訳?!」
灯りをつけないままの和谷の部屋は、いつもより広く感じる。
「もー、そんな事言うならプレゼントあげないっ」
「別に構わないぞ俺は」
背中合わせに和谷の温もりを受けながら、伊角はつれない事を言った。
「だーめ。伊角さんの誕生日プレゼント、一緒に探しに行くって決めたから〜」
和谷の語尾には音符やハートマークが付いている。
「勝手に決めるな」
「勝手はお互い様でしょー?」
「…」
伊角には痛い言葉だと、その沈黙で分かるので、
「て言うか、おあいこ。ねっ?」
和谷はすぐに柔らかく直した。
「…和谷…」
「ではっ、でぇとでチャラって事で!」
「デートって言うなよ…」
窓際の、外灯の明るさでさえ気恥ずかしい。
大体、ただ二人で出掛けて、尚且プレゼントを自分が貰うのがつぐないになるのはおかしい。それを伊角が言うと、
「誕生日サービス」
と、訳の分からない返事が返った。
「…つまり単に二人でどっか行きたいだけか」
「デートだってば!!」
和谷の押す力が強くなり、伊角は背を丸める。
「重いって、和谷」
「へへっ」
「…それに、もうプレゼントは貰ったよ」
繋がらない会話に振り向こうとすると、和谷の携帯がラブソングを流した。
「っ、伊角さんっ?!」
慌てて開くと、件名もなく、
『俺も会いたかった』
とのみある。
「…少しでも、あの…素直になろうかと思って」
固まっている和谷に、伊角は咳払いをした。
「ええと…これはさっきの和谷のメールへの返事で、」
いたたまれず、言わずもがなの事を伊角が解説し始め、
「分かるよそんくらい…」
和谷が脱力する。
「すげえ、…不意打ち…」
「…悪い、今思いついて出したんだ…」
慣れない事はやるべきでなかったと、伊角は見当違いの反省をした。
「もーっ、何でこう思い通りにならないかなっ」
突然和谷が、がばっと背後から恋人の肩を抱く。
「何でこうかわいいかなっ、伊角さんてば!」
目を瞑り、和谷は腕に力を入れた。薄いシャツ越しの体温は、近くて遠い。
「かわいいって言うな」
毎度の事ながら伊角は抵抗を示す。聞かず、
「ね、寒くない? 布団敷こうか」
和谷は首筋に髪に口唇を落とした。乱れたまま残っている伊角の服を暴こうという手は、しかしはねのけられる。
「和谷、もう時間だ」
「ん?」
「1時間半って言ったろ」
まだ終電には間に合う。引き留める理由にした誕生日は終わっていた。
「えぇー、そんな、伊角さんっ」
「はいはい、」
和谷のネクタイピンが背にあたって痛いと、伊角は逃れる。
「また今度な」
「…今度って。明後日?」
「明後日は…研究会だろう。皆来るし」
身支度を整えながら、ふてくされる和谷をなだめた。
「電話するよ。メールも」
「…今日、どうしても泊まれない?」
伊角が振り返ると、和谷は眉根を寄せ上目づかいで見上げている。それが一気に幼く感じさせるので、
「…まあ」
と、曖昧な返事しかできなかった。案の定、追求を受ける。
「泊まれるんでしょ? ねえ」
ジーンズを掴む手の大きさを除けば、中国棋院で別れにごねた少年を彷彿とさせる。
「泊まりの用意…何もしてきてないし」
実は伊角自身に確固として帰宅しようという意思があるわけでもなく、
「俺の借りればいいじゃん、ハブラシとかも買い置きあるし」
あっという間に言いくるめられた。
「いや…泊まるって言ってきてないし」
「じゃあ今電話したら?」
二十歳も過ぎた男が、たった一晩帰らないからといって騒ぐ家族もないだろうとは思うが。
「和谷は明日…いや今日か、…仕事は?」
「夜にカテキョだけ。指導碁」
紺の暗がりの中、伊角が当惑するのが手に取る様に分かる。
「伊角さんは?」
ここでズルズルと泊まって良いものか。
「ねえ」
こういう時伊角は、しっかり思慮分別が働いてしまう自分を持て余す。
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