ワヤスミ本家

□もういくつ寝ると
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和谷が書店で見る所は決まっている。
仕事関係―囲碁か、雑誌か、たまにコミックだ。文庫や新書のコーナーはいつも素通りで、今日何となく目に入ったのもストレスから以外の何物でもなかった。
「…周作」
以前、寝る前に電話をかけた時に、声がどこかおかしかったので追求したら「本読んでて」泣いてしまったと言う。これが、恋人を泣かせたヤツだ。
(…俺だって、あんま見た事ないのに。泣き顔…)
風邪だと誤魔化しきれない、かすれた声を思い出す。やつあたりだと分かっていても、和谷は平積みの表紙を睨まずにいられない。
涙まで自分のものにしたいと口に出したら、恋人はきっと呆れてため息をつくだろうが。
「和谷あ、ナニしてんの」
「…別に」
気心の知れた友人にムスッとして応え、和谷は手にした本を戻した。
「本なんか読むのかよ、和谷」
「っせーな、俺は読まないけど伊角さんが読んでたんだよ、これ」
「なんか…ホンっト、和谷って伊角さんスキだよなー。伊角さんは本好きだけど」
「…」
本と自分を同列の三角関係にされた事に怒るべきか、友人のあまりの鈍感さにツッコむべきか、和谷は一瞬言葉を失った。
「進藤…、お前なー…」
「あ、メール」
ヒカルが意識を他に飛ばす。和谷は仕方なく先に立って書店を出た。
「和谷和谷、お前さ、正月、実家?」
「あ? んー多分な…」
あまり考えたくない。ものすごく退屈で空虚な年の始めを迎えるのは目に見えている。
「初詣とか行かねえ?」
「…いいけど」
「じゃあそうしよっと」
「…って、誰にメールしてんだよ」
「塔矢」
和谷の悪い予感は良く当たる。
「じゃ行かね」
「何でーっ、伊角さんも一緒だからいいだろ」
和谷とアキラの仲がお世辞にも良いと言えないのは、さすがのヒカルでも分かっているらしい。
「一緒って…まさか約束したのか…っ?」
和谷の剣幕にヒカルが引いた。
「し…てないけど。和谷と一緒に来るじゃん普通」
「…来れねえよ、正月は」
「え、どっか行ってんの?」
雑居ビルの玄関にも脚立で危なっかしく〆縄を取り付ける光景が、正月気分を盛り立てる。今日はご用納めなのだ。
「…いつも普通に一緒な訳じゃねぇし」
「そうかなあ」
「そうだよ」
もう2、3日も、声さえ聞いていない。イコール、いつも一緒ではない。
「初詣の後、家来いって塔矢が言うんだけどさあ、名人…塔矢の親父が居ると緊張すんだよなー…じゃあ誰か他に」
ブツブツとヒカルが携帯を操るのを、和谷は黙って聞いて赤城おろしの容赦ない道を歩いた。

■ □ ■ □


おかけになった電話番号は…。
哀れむ様な女性の声を3度聞いて、独りの部屋がより一層寒くなる。
「どーゆー事やっちうねんーっ…」
和谷は関西弁でも使ってオーバーに突っ伏すしかなかった。
恋人が家族と北に発ってからずっと、携帯が通じない。勿論メールは返って来ない。
「あーあ…」
データフォルダの伊角は笑っている。隙をついて撮った、和谷の一番好きな笑顔だった。
「何かあったんかな…なあ洗濯機さんや」
クリスマスに届いた真っ白な機械に寄りかかって、さしもの和谷も心配がじわじわと湧いてきていた。独り言で不安を紛らわす。
「…事故、とか?」
ありうる。
帰省先は雪国で、伊角は父親と交代で慣れない高速を運転した筈で、もし何か起こっていたとしても自分には知るすべがない。
「…」
和谷の楽観を否定する要因が多すぎる。そうだ、例え伊角に何かあったとしても、知らせがあるのはきっと時間が経ってからだ。同棲しようという仲でも、外形はただの同僚で友人なので。
「まさか…まさかだろ」
じっとしていられず、和谷は中古のテレビをつけた。チャンネルを回しても、年末のバラエティしかやっていない。一方で携帯ニュースサイトを見るため、接続しようとボタンを触ったその時、
「っあ?」
着信が鳴った。登録外の、知らない市外局番が光る。
「伊角さんっ?」
確信を持って和谷は叫んだ。
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