ワヤスミ本家

□私生活(松の内)
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「やーれやれ」
転送されてきた年賀状が数枚、郵便受けに入っている。街灯の光で見ると、どれも和谷が出していない友人からのものだった。
(年賀ハガキまだあったっけなー…)
今日打った内容や、師匠の家と実家の雑煮の違いが頭の中で入り交りながら、和谷は慣れてきた鍵を開ける。ドアを引くと、ガチャッと重く引っかかるものがあり、
「あれ?」
何と内側にチェーンがかかっていた。
「…もしかして」
鼓動が高鳴る。和谷はインターホンを何度か押した。
「いーすみさーん! あけてー!」
ほどなくばたばたと扉に駆け寄る気配がし、
「ごめん和谷っ!」
伊角が壁に手をついて開けてくれる。
「もー伊角さんさあ、何でチェーンまで」
かけてんの、ととりあえず少し文句を言って、それから新年初の抱擁をかわそうという和谷の脳内計画は破壊された。
「…伊角さんソレ」
目をこれ以上なく丸く見開いた和谷に、後退って伊角が濡れた髪をかき上げる。
「あ、これもすまん…借りた。ごめんな。駄目だったか?」
「めっそーもない! 駄目じゃないよ全然! 駄目じゃないけど、…」
上から下まで、視線が往復する。伊角はいたたまれず、
「下着は持って来たんだけど…荷物が多くて寝間着が入らなくて、もしかして和谷のもう着れるかなって」
要らない事まで口走った。
「素晴らしすぎだぜ伊角さんっ」
「は?」
「決めた、今度から泊まりん時でも着替えは持ち込み禁止!」
部屋の主のスウェットを(丈の)違和感なく着ている恋人に、和谷は宣言する。
「禁止って…」
「いやぁ、新年早々、新しい楽しみを見つけたなーっ!」
「まて和谷、」
「あけましておめでとっ!」
小さなリビングに入ってビジネス鞄を放り出し、和谷は追ってきた伊角の首に腕を回して頬にキスした。
「お…めでとう」
「今年もよろしくねっ」
「…こちらこそ、よろしく」
元日の0時に固定電話ごしに交した挨拶のまま、繰り返す。やはり触れて、目をあわせて言わなければ、本当の新年は来ない気がした。
「何か、すっげ、新鮮…」
身を離し、まじまじと和谷が赤をまとった伊角を観る。
「…最近買ったみたいな、和谷には大きめっぽいのを選んだ」
伊角は取り合わず、意地悪く注釈をした。
「お風呂まで入って?」
しかし、うかれた和谷にその毒は通じない。シャンプーの匂いをかごうと再び抱きしめる。ずるずると、伊角は床に腰を落とした。
「…和谷、お土産あるんだけど」
しがみついた、まだ冷たい外気の匂いのする恋人を振り払えもせず、伊角は現実にすがろうとする。
「後でいいー」
「お前、コートぐらい脱げ」
「まあっ、脱げだなんて伊角さんてばやる気まんま…」
「お前のスーツがシワになるからだっ」
もう、と思い切って押し返した伊角が気付いた。
「年賀状踏んでるぞ」
「あ」
いつの間にか散らばっていたそれらを和谷が拾う。
「珍しいな、イモ判か」
「あ、これ? 毎年これなんだよこいつ」
彫刻刀の跡が荒い作品は、干支がたっぷりの朱肉で捺してあった。
「…女の子か」
見るともなしに見てしまった伊角が、呟いて後悔する。
「そ、こっちのもだし。俺って結構モテルんでー」
「…みたいだな」
伊角が紙袋を引き寄せた。声色一つ変えず言う。
「これお土産な」
「…伊角さん、怒った?」
「何で。怒ってないよ」
繕うのが上手い様で、実はあまり得意ではない。決して表立って口唇は噛まず、頬の内側を噛む様な、そういう感じ。
「怒って…ていうか嫌な気分になっただろ。ごめん…」
伊角との付き合いが人生の半分近くなる和谷は、その辺まで承知している。
「嫌って言っても、しょうがないだろ。モテるもんは」
「ね、これは親戚の姉ちゃんの友達で、これは修学旅行で同じ係やった奴なの。伊角さんてば!」
何なら、来た年賀状全てについて説明するのも辞さない構えで、和谷は身を引く伊角の前髪に触れた。
「伊角さん、嫉妬さしてごめん」
真摯に、深い色の瞳を見る。
「…」
ふいに伊角がうつ向いた。
「ナニ笑ってんの伊角さん…」
「…そんな、一生懸命…言い訳しなくても」
肩が揺れている。
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