ワヤスミ本家

□4月のロウソク
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その日二人きりになれたのは、仕事の後にコブ付き夕飯から帰って更に伊角が実家の末弟との長い電話を終えてからのことだった。
「やーっと伊角さんの誕生日祝いができる〜っ」
和谷が碁盤の前から立ち上がると、
「昨夜もう祝ってもらっただろ」
年上の恋人はつれない事を言う。
「ああー、午前0時にオメデトって言って、寝ぼけた伊角さんにキスしてパジャマ脱がして」
「やめろ」
「伊角さんがきもちぃーようにしたアレですか?」
「…」
「アレはアレとしてね、伊角さんっ」
中古のソファに座ってテレビを向いたままの伊角に、和谷は背中からワイシャツの肩を揉んだ。下ネタに恋人が耳たぶを赤くして固まってしまうのはいつもの事だ。
「ちゃんとプレゼントあるんだよ!」
「…いいのに、そんな」
昨夜は渡しそびれ、朝にも慌ただしさに出せなかったので、うずうずしている。伊角の前に回りこんで、和谷はジャージのポケットからハート型の赤い箱を出す。
「毎年、毎回さあ、何がいいか訊くけど」
「うん…」
「いっつも『何でもいい』とか『お気持ちだけで』っつーから困るんだけど」
「はい…すみません」
「もー勝手に決めました! 文句言わないよーに!」
はい! と腕を伸ばして、姫君に対する騎士の様に和谷は箱を捧げた。
「ありがとう、和谷」
「開けてみて!」
眉根の下がった伊角の微笑みが、包みを開けて、ひきつる。
「…」
「苦情受け付け一切ナシ! 返品ナシねっ」
「……わ、和谷ああぁっ!」
触れるのも汚らわしいと、伊角はそれをソファの片側に放った。
「あ、ひど」
「な、お、お前っ、」
「伊角さんの身体にできるだけ負担が少ないよーにとゆう心遣いじゃないですかあ」
いけしゃあしゃあと、放り出された小さな大人の玩具を手に取って、和谷はニヤッと笑う。
「〜っ、っ和谷、このエロガキ…っ」
衝撃のあまり、他の罵詈雑言が出てこない。
「苦情はナシって言ったでしょ」
ペロッと舌を出して、和谷は伊角の隣に座った。自然、伊角は身を引いてできるだけ距離をとる。
「……っ」
「なんてね。ちゃんとフツーのもありますよーだ」
「…普通…?」
もう片方の、ジャージのポケットから出てきたのは青いリボンの細長い箱。
「…」
「ナニ警戒してんの伊角さんっ、早く受け取ってよ!」
もう片方の手には大人の玩具をぷらぷらさせて、和谷が笑った。
「……」
「…ほらね! ストラップっ」
「あ、なるほど…」
「ちょっとイイやつだけど、伊角さんなら切ったり落としたり絶対しないしと思って」
伊角も知っている(和谷から教えて貰った)メンズブランドの、シルバーのプレートが光った。
「すごい、いいのか、こんな…」
値段に関わらずブランドというだけで、伊角は少し気後れしてしまう。
「ありがとう…和谷」
「今までストラップつけてなかったっつのが、さすが伊角さんだよなあ」
と和谷は、機種変して1年経つのに傷一つない伊角の携帯を取って、勝手に付けた。そうでもしないと、伊角は箱ごといつまでも取っておこうとする傾向があるのだ。勿体ないと言って。
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