ワヤスミ本家

□パンドラ
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今日は、資源物の日なんだけど。
伊角は段ボール箱を前にして腕を組んだ。先ほど、朝一で配達されてきた箱だ。
(明日なんだよな…和谷が帰ってくるの)
宛名は同居人で、仕事で出張中だ。携帯へ電話したものの、つながらない。
「開けるべきか開けざるべきか」
できれば段ボールは解体して、収集車が来る10時までにゴミに出してしまいたい。ぜひとも。
(…通販みたいだけどなあ)
いくら恋人でも、道義的に、開けていいものだろうか。伊角はカッターを床に置いた。
(多分…開けても大したものじゃないとは思う。恐らく)
推論を重ねて、時計を睨む。
「……えいっ」
伊角はついにカッターを手にして、ガムテープの封を真っ直ぐ切った。リサイクル紙の緩衝材が現れる。
「これも古紙…」
新聞や雑誌と一緒にまとめようと取り出した。
最初に段ボールの底に見えたのは、
「…?」
英字の印刷された、手のひら大の箱だった。どうやら小瓶が入っているらしい。
「…あ。香水…か」
日本語の説明シールが貼ってあるのを、何とはなしに読んでしまって、
(……あのバカ……)伊角は吹き出した。
『女子がメロメロ・フェロモン入り』という安いキャッチコピー。一体どこで見つけたのだろうか。
恋人はいても、それとは別に女の子にモテたい気持ちがあるんだなあやっぱり、と伊角は苦笑して脇に置く。
しかし、更に続いて出てきたものに、
「……」
戸惑いが胸にせり上がった。いくら菓子箱を偽装しても、見覚えのある色の箱。
(これ……)
伊角が、匂いがきつすぎると言って嫌い、それ以来使っていない種類のコンドームだ。
(ま…間違えたんだな、和谷……全くもう、……)
朝っぱらからこんなもの、と伊角は頭の芯が熱くなり、段ボールの蓋をばふっと閉めた。出していた香水と梱包材を思い出して、慌てる必要もないのに慌てて突っ込む。
ガムテープを持ってきて、ハサミで切り、段ボールにがっちり封をした。
そうしてしまってから、段ボールを開けた事を隠す様になっている事に気付く。
(……別に)
この荷物は。
和谷が自分に見せたくないものだった訳ではない。と思う。
奥底に生まれた疑念を誤魔化しきれるならば。
(……どうかしてる)
フェロモン香水に、伊角の苦手な香りの避妊具。つまり、伊角に対しては使われる事のないそれら。
安易に導かれる、年下の恋人の不貞疑惑を振り払って、
「単に間違えたんだって!」
声に出して自分を諌めた。
伊角の声に反応したかの様に、テーブルの上で携帯の呼び出しが単音で鳴る。
「っ、もしまし…」
『あはっ、もしまし!! 伊角さんっ』
和谷のいつもと同じ明るい声に、伊角は虚を突かれて言葉が出ない。
『おはよ、着信見ましたよっ。なに?』
「…」
『伊角さんー? もし・ましー?』
「〜っ、和谷っ!」
『はい、どしたんですか?』
同行の棋士が側にいるのか、和谷は普段伊角相手に使わない敬語を織り混ぜている。
「え……ええと、」
用件は、和谷宛ての宅配荷物を開けて段ボールを捨ててもいいか、という問いだけだ。
それだけなのだけれど。
迷って、伊角は決めた。
「あのー…だな。元気か?」
『元気ですよ! ナニ言ってんの伊角さんてば、』
「また腹出して寝なかったかと思って…」
伊角の精一杯の問いに、和谷の地が出る。
『出してねえよーっ、とりあえず腹イタもないし伊角さんに貰った薬もあるし…って、用事それだけ?』
「あ、ああ…」
『ほんとに?』
「ごめん、朝から…」
カンの良い恋人に、今これ以上は話さない方がいいと、伊角は線を引く。
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