ワヤスミ本家

□ホテル ベイジン チャイナ
1ページ/2ページ

 ぷつり、蛍光灯が切れた。
「ああー……また、えーとまたまた、フロント行くのめんどくない?」
 和谷はため息をついて、ろうそくを引き寄せる。窓の外の微かな光でマッチをすって付けると、オレンジ色の灯りに恋人の当惑顔が浮かんだ。
「これは……蛍光灯の問題というより根本的な電気系統の問題じゃないか?」
 先ほどフロント係が訳知り顔ですぐ取り出したろうそくが証拠だ。
「しょーがないよ、セレブな観光客が泊まる様なホテルじゃないし」
「……まあ、今日はシャワーのお湯が出ただけ良しとするか」
「そうそう」
 和谷の返事に、伊角は吹き出した。和谷の楽天的な所が、どうやら自分にも伝染ってしまっている。
「何?」
 ベッドの上で腹筋を再開しようとしていた和谷が振り返った。
「いや……昼の、楽平を思い出して」
「またかよー」
「嫌いな野菜を人に押し付けるやり方までそっくりだ……昔の和谷と」
 和谷はふくれる。
 北京に来てから3日、中国棋院の棋士達にびっくりされ通しだ。昨日、楽平という少年と引き会わされて納得した部分もあるが、年上の恋人がやたらとそのチビに構うのが少し気に入らない。
「似てんのは似てるかも知れないけどさあ、そんなにまで似てないじゃん」
「当人達だけがそう思ってるみたいだな」
 向かいの粗末なソファに座った伊角が、日中辞典を引きながら笑う。
「ナニ、あいつもそんな事言ってたの?」
「まあな」
 どんな事を、と突っ込んで聞きたい様な聞きたくない様な。
「……くそ、明日こそは勝ってやる!!」
 憤慢やるかたない気持ちが自然に湧く。昔の和谷が戻ってきた、と伊角がつぶやいたのはこの国に来てからの事だ。
「じゃあ、早く寝た方がいいな」
 辞書を開いたまま伊角が言った。
「伊角さんは?」
「まだ髪が乾いてない」
「ドライヤー貸したげるよ? てゆーかそうじゃなくって、今日もそこで寝るの」
「ああ」
 他に何があると言わんばかりに気のない返事をする。
「ねえ、でも疲れない? 狭いけどこっちで寝た方がいいよ」
 ベッドを叩いて、和谷は訴えた。
「いや、和谷にはゆっくり休んで、楽平に勝ってもらわないと」
「……」
 いくら似ていても、やっぱり伊角は自分の方の味方なのだ。当たり前だが。和谷は一人、じーんと感動する。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ