ワヤスミ本家

□飲みにこないか
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 恋人が、台所で先輩といちゃついている。
 いちゃつくという表現は正しくないかも知れない。和谷は何杯めか分からない、何の酒かも微妙なグラスをあおって立ち上がった。
 兄弟子のマンションのシステムキッチンは、最近いつもおいしいものを産出している。
「芦原さん、そのくらいにしといてくれません?」
 思ったより低い声が出て、和谷は内心驚いた。
「あーナイトの登場だー」
 振り向いた芦原はビールの缶片手だし、
「……夜?」
芦原の腕が巻き付いた伊角も少しだけ呑んでいる。
「違うよ、ナイトってゆったら夜じゃなくて騎士。あは、棋士の騎士だー」
「……」
 和谷は別の酔いが増量して気分が悪くなってきたが、
「ああー! 棋士の騎士! なるほどー」
伊角は一人何故か感心していた。全くそういう所がつけこまれるのだと、和谷はその腕を引く。
「伊角さん伊角さん、こっちきて」
「えー、おつまみ作ってるのにー」
 返事をしたのは芦原だ。
「乾きもの、皿に載せるのに何時間かかってんですか」
「だし巻きも作ったもん。ねー?」
「……ねー?」
 何の強制が働いているのか、伊角も小首をかしげた。酔いはほどほどなので、羞恥が混ざっているのが和谷には凶悪そのものだった。
「……」
 酔っている。自分は酔っているのだ。
「わ、和谷?」
 問答無用で台所から連れだし、まだまだ夜の長い宴席の騒ぎを横目に廊下に出て、洗面所に入ってから扉を閉める。
 トイレは狭苦しいと思ったので。
「なんだ、どうした……?」
 暗闇で抱きしめられてなお、伊角は長男だった。和谷の背中をぽんぽんと叩く。
「大丈夫か、酒は」
「……ん」
「少しセーブしないと。冷たいウーロン茶でも飲むか」
 ウーロン茶はしばらく飲みたくない。緑茶がいい。
 和谷は抱いた身体をシックな扉に押し付けて、口唇を求めた。
「こら、……っん」
 多分、味見役をしている。
 淡いダシと卵の味がした。
「……んー……」
「わ、和谷、やめろ、」
 白いシャツをまくって肌を探ると、伊角の声が上擦る。
「冴木さんち、だぞ!」
「うにゃ……」
 甘える様に耳たぶを噛んで、首筋を舐めた。
「……ッ、」
「キスさして……」
 同じくらいの背丈は少し不便だ。けれど、25ぐらいまでは伸びるというし。
 まだまだ。
「は、……んんっ」
 下肢をすりつけて舌を吸うと、恋人は思わず吐息を洩らす。手はまだ突っ張っていた。
 興奮が息を荒くする。
「伊角さん、ね……」
 抵抗が扉を揺らす。
「やめ……っ、いい加減、」
「……伊角さん、お願い、ねえ」
「も……っ、あ……ッ」
 押し付けられた硬いものが自身にぐりぐりあたって、伊角は半ば悲鳴を上げた。
 あとヒトオシ、と和谷が企んだのもつかの間、
「ッ!」
 冷静なノックが伊角の背にした扉を叩く。
「……っ、は、はい……ッ!」
『……、……大丈夫か?』
 外にいるのは家主だった。
「はいっ、今出ます!」
 変な誤解をされては困ると、伊角は和谷を振り払って飛び出した。当惑顔の兄弟子が、ノックした手をそのままに、胸の高さに上げている。
「ご……ごめんなさい、和谷が気分が悪いというので!」
 それで、真っ暗な洗面所にいました。冴木はまじまじと伊角の顔を見つめた。
「……いや、言い訳は……ともかく」
 「邪魔しやがって」という顔をした和谷が出て来るのを、咳払いしてこづく。
「……伊角くんは、ちょっと……その」
「はい?」
「ええと……顔を洗ってこいよ。かなりエロい顔してるから、その顔はヤバいから、うん」
「…………」
 伊角の息が止まる。
「和谷はこっちだ、さっさと来い。ウーロン茶山ほど飲ましてやる」
「い、いやだっ、伊角さん助けてーっ!」
 ……恋人に対してこれから何が行われるとしても、助ける気には到底なれない涙の伊角だった。





⇒End。。。

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