ワヤわんこ

□Doggie Chocolate Box☆
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テーブルにホウロウの鍋を置いて、焦茶のミミとシッポがしょぼんと垂れる。
「心配したんだぞ」
でも、俺は腕を組んで少し叱らざるを得ない。ワヤは近くへ簡単なお遣いに行って、日が落ちても帰って来なかったのだ。
「…ごめんなさい…」
「一体、どこに行ってたんだ?」
無事に帰ってきた安心で、ついさっきより居間の柱時計の歩みが穏やかになった気がする。
「…アシワラさんとこでエサうけとってから、…えーと」
『エサ』じゃなくて『ごはん』なんだけども。
「あの…いわないとダメ?」
…そうやって眉を八の字にして見上げられたら、返す言葉が見つからない…。
俺は雪に濡れたワヤのコートと毛糸の帽子を脱がせて、壁に掛ける。
「もう怒らないから。何をしてたか言いなさい」
「…い…えない」
ちょっと驚いた。彼を拾ってこの方、口答えされたのは初めてだった。
「あんまり遅いから…保健所にでも連れて行かれたんじゃないかと」
思い起こす最悪の想像に、ストーブから薪のはぜる音が響いた。
「そんなバカじゃないよオレっ」
ワヤが口をとがらせ、心外だとしっぽを立てる。と同時に、腹が困った様に鳴った。
「…えへへー…」
その笑顔を見ると、とてもじゃないけどこれ以上詰問する気になれない。ついこっちまで笑ってしまう…。
「メシにするか」
甘いなあと思いながらワヤの頭を軽く小突いた。鍋を持ってすぐ側の台所のランプをつける。
「シチューだシチューだー!」
細い手足が喜んでまとわりつく。俺は鍋をオレンジ色の火にかけた。
「アシワラさんにお礼言わないと…」
「あのねっあのねっ、オレこんど、エサつくりかたおしえてもらうっ」
「は?」
皿を洗う(割る)のに踏台の必要な背丈で、何を言い出すのだろう。ワヤはとととっと走って、白い丸パンを温める為ストーブの上に置いて、
「ごしゅじんさまのためにできるコトふやすんだっ!」
Vサインをした。
「『ご主人様』はやめろって…」
「はーい!」
ワヤは風の様にまた台所に戻って、意味なく鍋をかき混ぜている俺の傍にひっつく。
「…ワヤ、アシワラさんに料理教わる…のか本当に」
「やくそくしたもん。あ、またシンパイしてるー」
「それは…」
心配するなという方が無理だ。火や刃物で、怪我などしたら…否、むしろ、しそうだから。
「オレ、これからおっきくなって、なんでもできるよーになるんだぜ!」
「…楽しみにしております、じゃあ」
「もーイスミさんてばーっ」
ぺたっと俺にひっついたワヤの、ミミの後ろを掻いてやると、くすぐったそうに笑う。大きくなるって言われても…今こんなに小さくては想像がつかない。本当に。
「明日は学校だから、留守番頼むな」
「うん…」
しっぽが一気に落ちるのは、渡した海草サラダのせいか?
「かえり、おそい?」
「いいや」
「むかえに行ってもいい?」
「うーん…そうだな」
湯気のたつシチュー皿とパンを2人分食卓に置いて、俺は答えた。向かいの椅子に座ってワヤは、そわそわとシチューと俺を見比べる。
「…頂きます」
手を合わせると、
「いただきますっ!」
ワヤは即、銀のスプーンを握ってシチューに集中する。
頃合いを見計らって何気なく告げた。
「…やっぱり、届けを出そうと思うんだけど」
「…………なんへ?」
きっと『なんで』と言いたいのだろう。スプーンを噛んだまま瞳が皿の様に見開かれて、俺が映る。
「いや、迷い犬の届けじゃなく…」
ワヤの誤解が辛い。
確かに最初の頃は、ここにいつまでも置いておけないと…言っていたけれど。
今は。
「飼い主の登録を、正式にその…俺に変え」
「マジッ?!」
皆まで言わない内に、ワヤが立ち上がって食卓が揺れた。
「そしたら…ワヤがいくら外出しても安心だし…」
「てゆーかっ、それってずっとイスミさんとこにいてイイってことだよね?!」
「あ、ああ…」
「やっ……たあっ!やったー!!」
ぴょんぴょんジャンプするワヤに、
「ワヤ、食事中だぞ」
俺はつい制止をしてしまう。喜ぶワヤの様子が、俺も嬉しいのに。
「ちょっとまって!」
ワヤが突然、だぼだぼのズボンのポケットから小さい紙包みを出した。
「はいっ、ぷれぜんと!」
「?」
「あのね、きょう、あるばいとしたんだ」
開けると、袋一杯のマーブルチョコレート。
「もりしたせんせいのしょるいとどけて、もらったの」
「…それで、遅くなったのか」
「うん…ごめんねイスミさん」
別に責めてない。謝るな。
喉に引っかかって出てこない言葉のために、一粒口に入れた。ワヤが傍に来て、膝まずく。
「ばれんたいんだから…オレ、なにかイスミさんにあげたかったんだ」
糖衣の下のチョコレートは、ワヤの体温で少し溶けていた。
「…ありがとう」
それはどんな菓子よりも、甘かった。



⇒End。。。

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