ワヤわんこ

□Let sleepin' doggie lie.
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『こよみのうえ』では、もう春なんだってさ。
雪がしんしんと降って、つららがまだ長く長く成長してるんだけど。
「さむいーさむいよーっ」
「…」
イスミさんは本を閉じた。
「お前…また布団蹴り飛ばすだろ…」
「もうしないっ、しないからお願い!」
しっぽふってアピールする。イスミさんのそのベッドで一緒に寝さして!
「ゆたんぽになるからオレっ!」
「…」
「イスミさんちょー冷たい手してるじゃんっ、ねっ!」
多分、オレが枕持ってイスミさんの寝室来た時に、勝負はついてる。きっとイスミさんはため息をついても結局、羽布団をめくってくれる。
「…独りで眠れないのか?」
でもわかんないなー、こんな困った顔されちゃうし。今夜はダメかな、読書がオレより先かな。
「うー、ねれない…」
だって、さびしくなってさ。すごくさびしくなるんだもん、ひとりは。ミミが垂れちゃうくらい。
「っくしゅっ」
凍る空気でハナがむずむずしてくしゃみしたら、
「っ、バカ、早くおいで」
あわててイスミさんが手を引いてくれた。ラッキー! イスミさんが「おいで」って言ってくれるのだいすき!!
「裸足じゃないか、スリッパ…靴下は」
「おいてきたっ」
「全く…」
「でもあったかいでしょ?」
毛布の中でぺたっとくっつけると、やっぱりイスミさんの足の方が冷たい。
「…暖かい」
「ね!」
イスミさんは本をあきらめて横になると、腕を回して抱っこしてくれる。イスミさんの心臓の音だけが、いっぱい聞こえる。
「イスミさん、寒い時はガマンしないでオレ呼んだらいいのにー」
「我慢なんてしてない…それにワヤが眠ってたらそんな事」
「イスミさんがゆたんぽ欲しいって呼んだら、オレすぐとび起きるよ、」
「ははは」
「起きるってば!」
「わかったわかった」
イスミさんは、まだ冷たい指でよしよしってうしろ頭を撫でてくれる。なんか、もかどしい? じゃない、もど、かしい。
「っ、ワヤ!」
ほっぺにちゅーしたら、びっくりされた。
「お前…っ」
「だいすきって伝える時にはこうするんだって、教わったよ」
「誰に…」
「あとぺろぺろしてあげたり」
「な…っ」
「にんげんは、違うの?」
わんこの部分で、思わずやっちゃった。ダメだったかな。
「しつれい、な事だった?」
「ちが…、いや、その、普通は…」
イスミさんが腕を離して起きる。何だか向こうに体をずらして。
「普通は、ええと…好き、には種類があってだな、」
「しゅるい?」
そんなに離れたら、また寒くなるよイスミさん。
「飼い主、とか友達以上に…好き、な子に、一番好きな人にしかダメなんだ、そういう…」
イスミさんがどんどん後ずさりするから、おもしろくてオレは追う。
「オレ、イスミさんがいちばんすきな人だよ?」
「っ、それは…、まだワヤは…子供だから間違え」
あ、何か、
「イスミさんあぶないよ、」
はしっこに寄りすぎてベッドから落ちちゃいそう。
「うわっ!」
「イスミさんっ」
やっぱり…。古い家に、イスミさんが床に落ちた音がひびいた。
「…いたた…」
「だいじょぶっ?」
こしに手をあてて座って、イスミさんが背を曲げる。オレは床に飛び降りてイスミさんのそばにきて、しっぽとミミがきんちょーした。
「大丈夫…、頭は打ってないし…」
「きゅーきゅーしゃはっ?」
電話に走ろうとするオレを、
「いらないいらないっ、大丈夫だから!」
イスミさんが手を引いて必死に止めた。
「ほんとに? 死んだりしない?」
ずっと前の飼い主のこと、思い出した。なんか。
「しないよ、ワヤ。大丈夫」
イスミさんは眉を下げて笑って、言ってくれる。
「…さ、もう寝ような」
また、髪をくしゃくしゃにされる。オレはイスミさんに抱きついた。
「ワヤ?」
ほっぺたに触れる冷えたパジャマ。せっけんとイスミさんと、ちょっとだけ古本の匂いがした。



⇒End。。。

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