ワヤわんこ

□Doggie Days
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夏が来て、強い日差しに草木が伸びる。
うちの同居わんこも、ほんの少しだけ背が伸びた。と同時に、最近少々手を焼いている。
「暑い…離れろ、ワヤ」
「やだ」
「離れろって」
「いやだっ」
こんな調子で、学校の夏休みが始まってからは俺の背中や腕にぴったり張り付いている。
お陰で課題がはかどらない。
「お前だって暑いだろう…」
「あついけどでもねっ、」
「庭のビニルプールで水浴びでもしてこい」
短い夏はそれなりに朝から気温を上げている。
「イスミさんもいっしょ?」
「俺は勉強があるからダメだ」
「だったらヤだ。ここにいるっ」
「わがまま言うんじゃない、ワヤ」
「イスミさんはおれがジャマなのっ?!」
「邪魔って言うか…今はちょっとだけ一人で勉強したいって事で、」
言葉をつくして説明しても、ワヤには気に入らなかったらしい。
「イスミさんのばかーっ!」
夏休みに入って数度めの叫びが窓から外に出て行った。
「ああ…また」
背中が涼しくなったのは正直言ってありがたいが、ケンカなどしたかった訳ではない。
ワヤと一緒に遊んでやるのは午後の予定だったのだ。午前中は勉強で。それを幼い、遊びたい盛りのワヤに分からせるのは大変だ。
ともかく、決めた予定はこなさないといけない。俺は再び参考書とノートに向かい合った。



「…どこ行ったんだ全く」
昼飯の時間を過ぎても、ワヤは帰ってこない。飛び出していくと中々戻らないのは、ワヤの困った習性(?)だ。
「追いかけるべきだったかな…」
しかし追いかけても追いつけない事は、最初の頃に経験済みだ。わんこは人間の数倍足が早い。
俺は縁側に座って所在なく、ビニルプールの温い水に浸けた足を見る。
「…なにぼーっとしてんのイスミさん」
「っ!」
ばつの悪さを、とがらせた口で隠した彼がそこにいた。
「お腹すいた! ごはん!」
「こら、その前に言う事があるだろ」
「……ただいまっ」
光る汗の浮かぶ日に焼けた首筋を晒して、ワヤはぶっきらぼうに言い、
「……イスミさんおこってない?」
耐えきれず顔をゆがめた。
「ないよ、そんな」
そんな訳がない。本当の本当は俺も、ワヤと遊びたかったのだから。
「よかったっ」
途端に、ワヤがとびかかってくる。
「ワヤっ、それヤメロって言ってるだろっ!」
縁側に倒され、足が水をかく。
熱い体温と子供っぽい汗の匂いが体に密着する。
「だってオレ今、はつじょうきなんだもんっ」
「……は?」
「はつじょーきなの」
「……っ、反抗期の間違いだろうっ」
抱きつかれたまま、髪が跳ねた小さな頭をはたく。は、発情期だなんて、生意気だ。
というか……誰にそんな、そんな言葉教わったんだ一体。ワヤはしっぽをパタパタして、
「だからずっとイスミさんにくっついてたいんだよっ」
また暑苦しい事を言った。
「…俺の事嫌いになったんじゃないのか」
「キライなんて言ってないよっ!」
「バカって言っただろうが」
「だってイスミさんがあそんでくれないんだもん」
「だからそれは……暑い、ワヤ」
堂々巡りと暑さで頭がくらくらする。
「イスミさんのにおいがするー」
俺の上に乗って満足げなワヤの、腹が可愛く鳴る。
「昼飯、用意するからどけ」
「後でいい……」
珍しい事を言って、ワヤはどかない。
「はつじょうきだから」
「反抗期、だ!」
そんなわんこに育てた覚えはありません。



⇒End。。。

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