ワヤわんこ
□”Yes, Master”
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キラキラした夏の間に、イスミさんは元通りちゃんと元気になった。オレはもちろんずっと一緒にいて、ついでに慣れてもらった。
朝とか夜、ちゅーするのに。
「舐めるのはダメだ!」
……って、真っ赤になって嫌がるから、首とかナメるわんこ式のラブラブあいさつじゃないけど。人間は、ちゅーだけなんだって。
ものたりなーい。
ムズムズする。
ムズムズしたまま、あっという間に秋が来た。
「去年の服は、もう着れないな……」
イスミさんが、サビシイよーな嬉しいよーな、……サビシイのがどっちかっていうと多いかな、な顔でため息をついた。オレの肩にあてられたミカン色のセーターのソデは、ちょっと短い。
「あったりまえじゃん!」
「……いい加減、打ち止めにしろよ」
「来年もまだまだノビるって」
「大体……どの位が平均なんだろうな、大人になると」
初わんこ育てなイスミさんが、(ちょっとだけだけど)上にあるオレの顔を見て聞く。
「わかんない。3メートルはないと思うけどー」
「そんなに……あったら困る。どこで服を買えばいいんだ」
本気で真剣に心配するし。
「もー、冗談だってばご主人様! 多分ね、昔いっしょにいたオトナのわんこ達の例からすると、もうそろそろオレもオトナぐらいの大きさだよ」
あの頃オトナは見上げるよーにでかくて、血の匂いがして、怖かったけど。
「トーヤの家のわんこは小さいのに……」
「シンドーは例外だろ。……それとも小さい方が良かった?」
何か、ふくれる。スネスネ。
「まあ、でもしょうがないだろ。大きくなっちゃったもんは、な、ワヤ」
イスミさんが笑ってセーターをたたむ。
だって小さくちゃ、ご主人様守れないし。ちゅーもできないし。
こんな風にさ。
「っ、ワヤっ!」
「んー……」
長くしてると、背中をバンバンたたかれる。痛くないけど、歯が当たったらヤだから(わんこは歯が命)……もうー。
「っ、いきなりそーゆーコトするなっ!」
「えーだって、予告したら逃げるじゃんイスミさんー」
「主人に逆らうなんて……いつからお前はそんな不良わんこに」
座りこんだイスミさんが手のひらで顔をおおって、嘆く。
大げさ、冗談だって分かってても、でも何だか。
わんこの習性として、ご主人様を心配してしまうのです。
「あの……ごめんね。ごめんなさい……」
しゃがんで、イスミさんの顔を見ようとする。だって逆らってるのほんとだし。嫌がることしちゃってるのほんとだし。
イスミさんがご主人様じゃなきゃ、とっくに放り出されてるかも。しっぽもミミも垂れまくり。
「……バカだな、ワヤは」
オレを見たイスミさんはちょっと困った顔して、それからふんわり笑ってアタマなでてくれる。
「バカだもん……」
あ。昔なら、抱っこしてくれたんだろな。そんな瞬間。
こういう時はちっちゃい方がいいなあ。と、ツゴウのいーこと考えて、
「……イスミさん、すき」
ガマンできないで自分から胸にしがみついた。
シンボーとかガマンができないのも、わんことして失格……。
「ワヤ」
イスミさんの声は、また困ってる。
「だいすき」
「……うん」
いつもと同じ返事。
いつもと同じ、いいにおい。少し早い心臓の音。
思うことも、ずっと前から変わらない。いつまでもこのままでいれたらいいなって。
ただそれだけ。
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ワヤわんこ青春熱闘編です。
タイトル決めにちと迷いました……
『ご主人様は19才(はあと)』とか考えたんですけどね。
或いは『マスター&ワイルド』とか『マスター&コマンド』とか。帆船で荒海に出てしまいそうなタイトルだ。