生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□先生とそのコイビト
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■ □ ■ □



 付き合うって、どうすればいいんだっけ。
 和谷は少し途方に暮れていた。何をすればお互いを好きで、付き合ってるって事になるんだろうか。
 同級生なら、とりあえず一緒に登下校したり、冷やかされるのが嫌だから屋上とかで昼飯食べたり、休みの日はデートだろう。記念日には何かキラキラしたものを贈って。
 相手が同性の、年上の、マジメな教師だったら?
 そんな事を想定したマニュアルなどある訳がない。よって、和谷は悩みながら教壇を見つめていた。
「……この一文に表れた紀貫之の心情は――」
 千年も前の貴族の気持ちなんてどうでもいいよ。
 今の、俺たちの気持ちの方が大事だと思うんだけど。ねえ、先生。




「これから会議があるんだ」
 購買で買ったパンを下げて教員室にやってきた和谷に、国語教師はあっさり言った。
「悪いけど昼ご飯は、お友達と食べなさい」
 命令形に、和谷は唇を尖らせる。
「オトモダチより先生の方がいい。会議いつ終わんの?」
「さあ……昼食食べながらだし、長くかかるかも知れないから」
 付け加えて、伊角はショックな事を早口で告げた。
「ごめんな、これから週のうち何度かは、そういう会議が入りそうだから……」
 じゃあな、と伊角はそそくさと行ってしまう。
「ええぇー……」
 とり残された和谷は、手に下げたビニール袋をずり落としそうになった。
 




 もう子どもじゃないから、会議……仕事の方が大事な事ぐらい分かる。彼にとって、ここは職場だ。
 でも、それでも。
 がっかりし過ぎて重い体を引きずって、和谷は教室に戻った。
「あー和谷! どこ行ってたんだよ」
 購買、としか答え様もなく、ヒカルの後ろの席に和谷は座る。
「それにしては遅かったじゃん」
「うっせーな、お前はオフクロか」
「てか最近さあ、昼休みいなかったし和谷」
 隣のクラスから出張してきていた小宮が口を挟んだ。
「まさかコレ?」
 ニヤニヤ笑って小指を立てるのを、古いとツッコむ力も和谷にはない。
「どこのクラスよ?」
「ちげーよ」
「え、え、何の話?」
ヒカルだけがついていけない。
「何でもねえって。ほらメシ食うぞ進藤」
 和谷は焼きそばパンの袋を乱暴に開けて、かぶりついた。食欲がないのにやけに早食いしたせいで、午後は珍しく胃が悪かった。





 とは言ったものの。
 伊角だって教師である前に一人の男だった。チャイムが鳴る2分前に板書を終え、
「ええと……配布資料があるので、この後で誰かに取りに来てもらいたいんだけど」
いけないと思いつつ職権濫用してしまう。
「和谷くん。いいかな」
「え!」
 突然のご指名に和谷は大声を出し、クラスメートたちに笑われた。
「お前、寝てただろ和谷あ」
 ヒカルがヤジを飛ばす。
 あ、嫌なら他の人に……と言いそうな不安げな国語教師の顔を見て和谷は、
「っは、はいっ、行きます!」
と手を挙げて勢い良く立ち上がり、また笑われた。





「昼休みは、教室で食べたんだな」
 確認する様に問うと、和谷はただ頷く。
「ん」
「友達と?」
「そうだよ。しょうがないじゃん」
 ふて腐れたセリフが出たけれど、教師は少しほっとした。
「そうか、それならいい。……これ、プリント」
 伊角は10センチ程の紙の束を差し出すが、生徒は受け取らない。代わりにじっと伊角を見て、
「それならいい、って何……?」
とつっかかってきた。
「……いや、」
「全然よくないし」
 先ほど言う時間も与えなかった不満が、今吹き出すらしい。伊角は一旦事務机に紙束を置いて、なだめにかかった。
「先生が悪かった。あの……突然決まった事だったから、」
「……」
 ふい、と横を向かれて、伊角の胸は苦しくなる。
 一人称をつい『先生』にしたのが悪かったのか、それともこの作戦は和谷にはショックすぎたのか。
「明日は大丈夫だから……むしろたまには和谷も教室で食べないと、友達なくすしな」
 動揺で、本音が軽く出てしまった。
 昼休みに『会議』が始まった理由。
「っ、いや、余計なお世話か、ごめん……」
 こんなとりつくろった話じゃなくて、もっと何か。
 今、他の教師が部屋にいない時でさえ、自分は甘い言葉も言えない。伊角はもう恋人を見られなかった。
「……いいよ。分かってるよ。仕事だもんね」
「和谷……」
「分かってるけど。分かってても、嫌だ。なんか悔しい」
 先生を、会議に取られて。
 和谷は手をのばしてプリントを取った。
「でも、呼んでくれたのはびっくりした。ほんとに嬉しかった」
 振り切る様に息をついて、少し笑って素直に言う。
「ありがと」
「……俺こそ」
 10分しかない休み時間でも、二人で会いたかったんだ。と、言ってしまいそうになるのを伊角は堪えた。
 もし言えば和谷は狂喜しただろうに、どこまでもストイックな教師だった。
「じゃあこれ、皆に配ればいいんだよね?」
 そんな気持ちを口にしたら、昼休みに和谷を他の生徒と遊ばせる為の嘘をついた意味がないから。
「ああ、頼むよ」
「……俺からもお願いしちゃダメ?」
 和谷は上目遣いで見つめ、
「っ!」
伊角が返事をする前に、背伸びしてその白い頬に口唇を押し付ける。
「わ、わ……!」
 和谷ッ! と教師が叫んだ時には、既に生徒は国語教員室から逃走してしまっていた。
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