生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□先生とそのコイビト
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 本当は、ほっぺじゃなくて口にしたかったんだけどね。
 ……口にしとけば良かったかなあ。
 和谷はベッドに寝転がり、ケータイを見た。メールも着信もない。
「うー……」
 あれから1週間が過ぎて、色々とはっきりしてきた。
 昼休みに一緒にいられる日が限られるとなると、まる一日恋人の顔を見られない日さえあるという事だ。それは、高校生の和谷にとってはとても残酷な事だった。
 もっと好きだってワガママ言いたい。これでも我慢してる方なんだけど。先生を困らせない様にしたいんだけど。
 どうしても、気持ちが胸の中にとどまらない。
「もーうー……」
 牛になってメールを打つ。お仕事おつかれ!ゆうはんなにたべた?
「……」
 もちろん、返信がすぐ来る訳ではない。
 ぱたっとケータイを持った腕を落として、和谷は今日の昼休みの失敗を思った。
「やっちゃったや……」
 他の国語教員がいる場で、つい伊角の手を取ってしまった。陰になって見えないのは計算のうちだったが。
 いつもは職員室で昼食をとるその教員は、知ってか知らずか、資料をめくりながら「和谷は伊角先生にべったりだなあ」と言った。
「いつも来てるのか、昼休み」
 他意のなさそうな先輩教師からの質問に、机の下で伊角の手はあからさまに逃げた。
 和谷はショックを隠して軽く答える。
「いやあ、たまに? 遊びにっていうかー」
 おにぎりを咀嚼しつつ、和谷の前担任は指摘した。
「そういやお前、先生が教生で来てた時も結構まとわりついてたもんなあ」
「えーそうでしたっけー?」
 そうでしたそうでした。
「……ついでに国語の成績も上がってくれるといいんですが」
 伊角はここぞとばかりにため息をつく。しかし状況がスリリング過ぎて、そのため息は喉に引っかかり咳払いに変わった。
「まあ、仲の良いのに悪い事はないさ」
 和谷が慌てて伊角にお茶を差し出すのを眺め、楊海は笑う。
 その細い目の奥で彼が何を考えているのか、和谷には読めなかった。ただ動物的カンで、ちょっとこれってヤバいんじゃないの、とは思った。




 返信はまだ来ない。
 昼休みの終わりには笑って「じゃあね」と言って出たが、果たしてそれで良かっただろうか。伊角の顔は少し青かった気がする。
「嫌になったのかなあ……」
 付き合う前から分かってはいたが、恋人はひどく臆病な人だ。世間というものに対して。同僚や、生徒達の目に対して。
 和谷には、この恋を隠しきる自信があった。全く根拠のない自信だったが、それ故に伊角の臆病さがもどかしかったり、可愛いと思ったりする。
 一番怖いのは、伊角が恋以外の事に疲れて別れを言い出す様な事だった。だから少しは気を遣っているつもりなのだけれど。
(だって、つい、さあ……)
 目の前に好きな人のきれいな指先や、真っ黒なさらさらヘアがあったら、触りたくなる。少なくとも和谷はそうだった。
 ……でも先生は、違うのかも知れない。大人だし、先生だし、おまけに相手が男のガキだし……。
 逃げた手を思い出して和谷が切なくなっている所に、メールが来た。メロディでその人と分かる。
「先生っ」
 飛び起きて見ると、返信は簡単この上なかった。
『今食べた』
「……」
 これはあんまりだ。和谷はベッドに頭を突っ伏す。
 せめて何を食べたかぐらいは書いて欲しい。
「なに食べたの? 俺んちは唐揚げとゴーヤチャンプルだったよ」
 本当は初めて食べたその苦い野菜の事を語りたかったのだが、和谷は早く恋人の返信が欲しくてセーブする。ややあって、再びの返信は、
『いろいろ』
だった。
「先生……先生って……」
 もしかして俺の事嫌い?
 てゆーか俺がウザい?
 と、いつまでも悲しみにうち震えている和谷ではなかった。こんなメールにはこの数週間で耐性が出来ている。
「えーい……っ」
 和谷は発信履歴の一番上から電話をかけた。
 呼び出し音がしばし鳴り、伊角が出る。
『はい、もしもし……』
 慌てて出て、相手が誰だか分かっていない声。
 こんな一言さえ「なんかカワイイ……!」と思ってしまうのはどこかおかしい。と自分でも思いつつ、和谷は呟いた。
「けどカワイイ、先生……」
『……』
「も一回、もしもしって言って!」
『……和谷か?』
 一瞬、いたずら電話かと思った伊角は着信画面を改めて確認した。
「言ってーっ」
『……何の為に。どうしたんだ、何か用事か』
 どうしたも何も、あんなメールを寄越しておいて。
「え、つーか先生、外?」
 和谷の耳が雑踏の音を捉える。
『ああ……今帰りで。電車待ってる』
「えー今まで仕事だったの?」
『……あの』
 伊角は逡巡した。嘘をつきたくはないし、隠す様な事でもない。
 しかし。
『メシ食いに行って。まあ少し酒も飲んだけど……他の先生達と』
「……ふーん」
 和谷のテンションが明らかに、正直に下がるのを聞いて、1年目の教師はすぐに後悔した。
『付き合いだよ。先輩の誘いは断りにくくてさ、俺もさっさと帰りたかったんだけど』
「……いいよ先生そんな言い訳しなくても」
 先生は大人だし。俺と違って飲み会にも行くよな。
 言わないでも、その諦めの様な呟きが聞こえた気がして、
『……』
伊角も言葉を継げなくなってしまう。
「……先生?」
『……何だ』
「あのさ、俺がオトナになったら、一番最初に一緒に飲もうね」
『……』
 それまで、てゆーかその後も、一緒にいようね。
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