生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□お願い☆先生
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「…すっごいアヤシイんですけど」
奈瀬の疑惑は晴れない。
「だってやっぱ、さっきどう見ても抱きあ」
「違う、違うんだ奈瀬」
皆まで言わせず、伊角は弁明を始める。
「和谷が…」
「和谷が?」
「…大会近くて落ち着かないから、その…リラックスする様にって…」
「…」
口を開いた後で、こんな下手な言い訳ならしない方がマシだったと伊角は後悔した。
「それで、抱っこしてあげてたわけ?」
呆れを通り越して、奈瀬は淡々と言う。
「まあ…。なっ? 和谷」
「え…あ、うん…」
同意を求める伊角へ、和谷は曖昧な返事を寄越した。あまりの不自然さにめまいがしてくる。
「…色々と言いたい事はあるけど」
奈瀬がくるりときびすを返した。
「とりあえず、そういうのは人が目撃しないとこでやってよね」
お疲れさま、と扉は再び無音のうちに閉められる。遠ざかる軽い足音が、残る二人の上にのしかかった。
「…」
「…ちょっとさ…警戒が足りなかったっていうか…」
頭を掻いて和谷は伊角に向き直る。
「…お前の所為じゃないよ」
肩を落として伊角が言った。

■ □ ■ □


昼休みの鐘が鳴る。
伊角は喧騒を抜けて職員室に向かった。昼食は大抵そこか、先輩教師のいる化学準備室で弁当を広げる。
後者の場合、時折囲碁部の面々も顔を見せるので落ち着かない。今日は職員室で書類を片付けながらと決めていた。
「先生っ!」
僅かに緊張して通り過ぎた教室から、伊角の良く知った声が名を呼ぶ。
「伊角せんせっ」
この所、その声を近くで聞くのを避けていた。伊角は階段の手前で振り返る。
「…何だ、和谷」
すると恋人は一瞬口をぽかんと開け、
「あ…」
見返り美人だ…、と呟いた。
聞こえなかった振りをして、伊角は背を向ける。
「ちょ、待ってよ先生っ」
「用がないなら呼ぶな」
和谷は階段を三段飛びに続きながら、
「用ならあるよー」
口をとがらせた。
「中間近いしさ、古文とか教えて?」
もっともらしい台詞に力を入れる。
「お願い! 顧問のよしみで」
恋人とは言わないでおいた。
しかし、以前和谷に『課外授業』をしてヒドい目に遭った事を思い出し、
「…じゃあ職員室で」
伊角は二人きりになるのを避ける方策に出た。
「職員室は今、生徒立ち入り禁止じゃん!」
定期試験の前はそうなのだ。
「そう…か。じゃあ、」
伊角が言いかけて黙る。渡り廊下は音が反響する上に、移動の生徒でごった返していた。
「ていうかヤバくない?」
「ヤバいヤバい、」
「マージーでー? 付き合ってんのー?!」
すれ違う女生徒の、他愛ない笑い声が伊角を刺す。被害妄想だと分かっていても、直ぐ後ろに和谷がいる状況では心穏やかでいられなかった。
「せーんせ?」
それなのに年下の恋人は、伊角の背に甘えて訊く。
「どうしよっか。俺どこでもいいよ」
出来れば久しぶりに二人きりになりたいけど、と、和谷はさりげなく伊角の肩を抱いた。
「…」
その腕からあっさり逃れ、伊角は歩を早める。
「…ね、先生、…どうしたの」
すぐに追い付いた和谷が立ち塞がった。よりによって職員室の前である。
「何か俺、気に障る事した?」
「…してないよ」
「嘘。じゃあ何でそんな顔してんの先生」
そらした目の端に、怒った様な、或いは泣きそうな、和谷が映る。
「俺がワガママだから?」
ああ、と伊角は思った。これだから、彼が好きなのだ。
「だから嫌になった?」
まっすぐな心。気持ちを隠さない態度。それが伊角には危ういと思える時もあるけれど。
「…違う、和谷」
ただただ、力なく首を振る。
「和谷はワガママなんかじゃないよ、全然」
教え子に気を遣わせてしまったと、若い教師は窓の外の新緑を辛く眺めた。
「お前は悪くないんだ」
数日前と同じ台詞に、伊角は自嘲する。
「全部…俺自身のせいだから」
「先生っ」
どこまでも内向きな伊角が、和谷にはじれったい。何がそうさせるのかと拳を握ったが、
「…あのさぁ…お取り込み中の所、大変申し訳ないんですが」
割って入った声があった。
「先生、忘れもの」
いかにも迷惑げな飯島 良が、眼鏡を光らせてチョークケースを差し出す。
「あ…」
その小箱(と飯島)を伊角が認識するのに、数瞬かかった。
更に、
「さぁて、昼飯昼飯〜」
和谷が飛び退くと、どけとばかりに太り気味の教師が職員室に入っていく。そう言えば自分達が通行の妨げになっているのかと伊角は慌て、
「ええと…飯島、すまない、」
手を伸ばした。
「じゃ、渡したから」
だがしかし、その手は宙をかく。飯島は箱を手近な和谷に渡していた。
「ああ…サンキュ」
そこで何となく、和谷が感謝を表してしまう。飯島は指先で眼鏡を押し上げ、去っていった。
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