生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□2週間の先生
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40人近くの、高校生の前で話すのがこんなに怖いとは思わなかった。
授業計画は、面倒見の良い担当教員のお墨付きを貰ってはいた。しかし机上の計画と実際にやるのでこうも違うとは。
「……」
伊角は打ちのめされて教生の詰所である部屋に向かっていた。
「人生で初めての授業だ、あんなもんだよ。俺なんかもっと酷かった、漢字間違えたんだぜ」
担当教員である楊海が慰めをおどけて言ってくれたが……。他の教生が大分、生徒達と溶け込んでいるのに比べ、自分は未だにかたいままだ。
果たして自分が教員に向いているのか疑問が湧いてくる。
「あ、伊角くんお疲れ」
部屋に入ると、同じ教生が1人だけいた。
「桜野さん……。お疲れ様です」
「顔色悪いなあ。生徒にセクハラでもされた?」
「違いますよ……」
渡されたコーヒーをすすって、伊角は背を丸めた。留学帰りのこの女性は、同じ大学の先輩である事もあって一番気が置けない。
「私、最初にきた質問がカレシいるんですか、だったわよ」
「はは……」
ブラックが飲めない伊角の為に入れられたクリームの甘味が、心身の疲れを癒す。
そこへ、遠慮のない乱暴なノックがあった。桜野が應鷹に返事する。
「はいー、開いてますよ」
「失礼します!」
入ってきたのは、伊角が意識的に避けていた生徒だった。
「あっ、伊角先生いたっ!」
「……何か用か」
努めて知らない振りをする。
「何かって、今日も来てくれないのかよ、囲碁部!」
「いや、なかなか忙しくて……」
机の上の、済んでいる書類を広げてみる。
「また来るって約束したじゃん!」
どうやらこの生徒には社交辞令が通用しないらしい。
「君、名前は?」
桜野が声をかけた。
「和谷義高です。伊角先生のクラスで」
「囲碁部なの? 珍しいわね」
「良く言われます」
「何かスポーツ系っぽいのにー、サッカーとか」
「えへへ、それも良く……って先生っ、どこ行くの?!」
和谷のまだ子供っぽい声を背に、伊角は逃げる。
「先生! 伊角せんせ!」
廊下を大声で呼ばれては立ち止まらない訳にいかず、伊角はうんざりした気持ちで振り返った。
「……あのな、俺も暇じゃないんだ」
はっきり言わないと、また打つ羽目になってしまう。
自分の道に疑問を持ってしまいそうな、悩み多き今、伊角はできるだけ囲碁から遠ざかりたかった。
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