生徒和谷×先生伊角さんパラレル

□さよなら☆卒業先生
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 何もかもを知っているという様な視線はただ、伊角を怯えさせる。
「……いや、和谷はもう進路決まってるから」
「ああそうですか」
 興味のないものは空気同然のアキラは、大して驚きもせず頷いた。和谷の欠席も、ヒカルが隣のクラスからわざわざやってきて騒いだから印象に残っていたのだ。
「……そんなに、……いや」
「? なんですか」
「……ここだけの話、その……そんなに、和谷の事を気にしている様に見えるか、先生は」
 先生にしては。
 きちんとした返答ではなく、「いや別にそんなことはないですよ」くらいの反応を、伊角は期待していた。しかし。
「……」
 アキラは黙って、教師をじっと見る。そしておもむろに口を開いた。
「先生が思っているほど、お二人の関係を邪推する様な者はいないと思いますが」
 つまり、自意識過剰だという事か。その上、『お二人の関係』について自分はよくわかっているよと言いたいのか。
「僕個人の印象では、良く隠されているなと思っています。ひとえに先生の努力のたまものですね」
「……あ、ああ……そう、かな」
 一体ぜんたい誉めているのだろうか。隠すって、何を? とは突っ込んで聞けない。それを聞いたら立ち直れなくなりそうだ。
「では、よろしくお願いします」
「は? あ、ああ、答辞ね」
 アキラは何事もなかったかの様に会釈して去った。
「……」
 伊角はよろよろと窓際に寄る。後ろを女子生徒達が笑いながら走っていった。
「どうすれば……」
 囲碁部部長だったアキラと和谷は仲が良好とは言えない。それなのに、しっかりばれてしまっている。
 事態は考えていた以上に、深刻だ。
 しかし相談する相手も伊角にはいなかった。和谷でさえ、理解してくれない。学校に来ていないとはどういうことか。
 あと少ししか、学校では会えないのに。




 勇気を出して、メールを打った。
 返信はまだ来ない。いつもの様に、全部仕事が終わってから携帯を見るのだろう。
「あれーっ、お前、何でいんだよっ」
 同級生が入ってきて和谷を指差した。
「進藤こそ何で来てんだよ」
「俺は待ち合わせなのー。てか和谷、授業出ないで部室にだけ来るってどうなんだよ」
「いいだろ、もう卒業式だけなんだし」
「不良おー」
「うっせ!」
「あ?……何か和谷、汚れてんなあ」
「ん? ああ、ちょっとな」
 身だしなみを気にする和谷には少し不本意だが、シャワーを浴びてくる時間はなかった。顔だけでも洗ってくるかと立ち上がった所に、
「……何でキミがいるんだ」
もう一人が化学室の扉を開く。
「何でって……いちゃ悪いのかよ」
 前部長であるアキラに、和谷は唸った。
「かなり悪いな。進藤、何もされなかったか」
 アキラがわざとらしくヒカルの肩を抱く。
「されるわけねーだろ」
「するわきゃねーだろ」
 ダブルで返事が返った。こういう、和谷とヒカルのシンクロ率の良さが、アキラには気に食わないのだが。
「……伊角先生とうまくいかない状態での和谷は何をするか分からないからな」
 アキラは苦々しげに、和谷を獣扱いした。
「は?! 先生と俺がいつうまくいってないって?!」
「違うのか?」
「ちげーよ……」
 そっぽを向く。ケンカ別れはしたが、修復はいつでも可能だ。和谷はそう思っていた。
「今日……和谷の事を訊かれた」
「っ、何でお前に」
「話す機会があったんだ」
 簡潔にアキラは言った。その簡潔な、説明不足さが和谷をうずうずさせる。
「機会って、お前別に先生に習ってねーじゃん」
「和谷が欠席していると初めて知った様だった」
 完全無視で、アキラは腕を組む。副顧問の囲碁の腕や、教師としての能力を評価しているので、目の前のこのチンピラが彼を苦しめるのは少し許せない。
「話してないのか」
「それは……」
「あと少ししか、高校生活はないんだぞ」
「……」
 わかっている。わかっているが、何を優先すべきかを考えた結果だ。和谷は拳を握る。
「……伊角先生は、どう見えているかを気にしているらしい。和谷とご自分が」
「お、お前にきいたの?!」
「ああ」
 よりによって!
「なんっ、何て答えたっ?!」
「個人の印象として言った。良く隠されているなと思う、先生の努力のたまものだと」
 ほぼ一言一句たがわず、アキラは答えた。
「……っ、てめ……っ」
 椅子を倒して、和谷がアキラに掴みかかる。理不尽な憤りかも知れないが、今の伊角にとって最悪な返答だ。いや、むしろ和谷にとって。
「何だ、何の文句がある」
「もう少しっ、ソフトな言い方ってもんがあるだろっ!」
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